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「Lady steady go !」第6話


その日向かった先は、あるクライアントから紹介された建築製造業の事業所だった。
かいつまんだ情報は聞いてはいるが、よくあるケースでサポートには限界がある案件かと思われ、未環は気を引き締めるというよりはなんともいえない気持ちを抱いたままサイドシートで黙していた。

「瀬戸さん、今日も覇気ないっすよ」

運転する同僚で後輩の前田から突っ込まれるが、まあそうだよなとしか言いようがない。

有限会社坂口工業は三代目の代表に引き継がれている。
工場の事務所の入口で、代表の坂口寛が二人を出迎えた。
180センチ以上の長身の40代とおぼしき男は、朴訥な面持ちで二人を事務所の中に案内した。

「はじめまして、株式会社ハートフードの瀬戸と申します。今日はよろしくお願いいたします」

「坂口工業の坂口と申します。こちらこそ、今日は来ていただいてありがとうございます。
いろいろありますがよろしくお願いします」

挨拶を交わすと、まずは坂口から売上や事業、財務状況などの現状と代表として自身の想いなどのヒアリングから入った。

「売上は10年前の半分の20.000万ぐらいで、現在の借入金の残高は四つ合わせて16.000万あります。
もうリスケに入って三年です」

リスケとはリ・スケジュールを略した和製英語で計画の組み直しを意味するが、転じて借入返済の猶予に使われる。
金融機関に会社の現状を伝え、金利のみ支払いを継続して元金の返済を一定期間猶予してもらう。
この時、複数の金融機関に借入がある場合、間髪置かず一気に全借入先にリスケを行わなければならない。
金融機関は他の借り入れ先の動向を確認してくる。
自分のところだけリスケを申し出されたなら容認できないからだ。

リスケは半年のみの契約になる。例えば半年後に通常支払いに戻った場合、半年猶予した残金は最終支払月に一括加算して返済満了となる。
分割にも期間延長にもならない。
ただ、リスケを繰り返し最終借入返済月になった場合、新たに期間延長のリスケに応じてくれもする。
これは、金融機関が金融庁から貸し倒れを防ぐために中小企業からのリスケの申し入れには基本応じるように指導されているためで、余程問題のある経営でない限りリスケは成立する。

実はずっとリスケで利払いをしてくれた場合、金融機関にとって借入企業は逆にお得意さんなのだ。
信用保証によって、当該企業が支払不可になっても金融機関は残債を被らなくても済む。
利払いが長引けばその分利益になる、逆説的な側面がある。

そして元々リスケを求める事業所が短期で経営状況が改善されることなどまずなく、半年ごとに金融機関にリスケの再契約をし直すことになる。
坂口工業でいえば、半年ごとに4つの機関に直接出向きリスケを再度依頼して再契約し直すのだ。

これはメンタル削られるなと未環は思った。
そこまでして事業の継続を望む坂口の想いはどこにあるのか?

そこにしか未来はないのだ。

未環は自身にスイッチが入ったことを理解した。

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