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証明

過去じゃない、未来でもない
今、この時代、この瞬間
僕が生きていたことを残したかった。

自己顕示欲、自己肯定感
そんなものの為じゃない。

まさに今日、僕は生きてる。
今日は風が気持ち良い。
日当たりの良い公園のベンチに座って

る、希望溢れる男女達のすぐ近くでこじんまりと、大きく貧困街。あの公園はあんなに暖かそうなのに、こっちまで陽が入らないからかコンクリートは氷のように冷たい。暖かい日差しの下だと、冷たい風が気持ちよく感じるのかな。こっちだとその風は人々をより苦しめる。寒さを運んでくるついでに薬と糞尿の臭いを街に広げるから。人を大通りから入ったら、2本目の道路を右に曲がってしばらく歩くと壁沿いに毛布が敷いてある。ほら、そこに立派に散らかした髭を生やした男がいるだろう。はじめまして。それが僕だ。

君はどこから来たんだい?そっか、良いところだよね。若い頃行ってみたいと思ってた。君の国のホームレス事情は知らないが、この国のそれは、、街の入り口からここまですぐだけど、凄いもんだったろう?僕みたいに道路の隅で寝転んでるのが、ズラーっと続いてただろう。街全体を歩くのに大体2時間近くかかるけど、ほんとにそれが途切れないから見ものだぞ。男も女も、老ぼれも若いのも、同じ様な服を着て、同じような顔をして、みんなで明日が来るのを待ってる。明日何が起こるかなんて知ってるのにな。いや、何も起こらないって事を知ってるって言い方が合ってるか。ともかく、ここはそういう連中の為の場所さ。昔は僕も、、ほら、遠くに大きいホテルが見えるのが分かるかい。そうそう、公園の隣の。あそこで働いてたんだ。ベルパーソンってやつ。僕こんな底辺の見た目でも、言葉使いが綺麗だろう。あそこは一流のホテルだからね、叩き込まれたよ。

あそこをクビになったのがもう随分前さ。あの頃は、あのホテルの窓からこの街を見下ろして、今の僕をバカにしてた。自分に自信があったからね。超一流ホテルのベルパーソン。向こうの街の連中とは人間の出来が違うんだって。全く。奴らどういうつもりで生きてるんだ?俺は努力して今を手に入れたが、それもしないで、ただ明日を待つ。そんな自堕落、自己責任でしかない。どうしようもないな、ってぐらいに。いつの間にかそっち側さ。想像もしてなかった。

国は何をしてるんだって、、こんな落とした砂糖に群がる蟻みたいな数、どうしようもないさ。ほら、曲がり角の所を見てごらん。フードを深く被って両手でコップを持った男。俺の友達さ。バカだよなあいつ。ここでそんな事したって、自分と同じ様な奴らばかりなのにな。施す余裕があるなら、タバコの一本でも買うよ。え、タバコを吸うのかって?吸うに決まってるじゃないか。そのお金を貯めろなんて冗談じゃない。唯一の楽しみなんだ。

まぁ、君の言いたい事は分かるよ。タバコ買うぐらいなら、、ってね。でもね、そんな積み重ねの中で生まれたのかもね。僕ら。小さな怠惰も積み重ねれば1人の人間を一流ホテルから引き摺り下ろすなんて造作もないよ。君もたまには立ち止まって、後ろを振り返ってみろ。意外と断崖絶壁に立ってたりするかもしれないぞ。

もうすぐ日も沈む。ほら、そろそろ行きなさい。おっと、君からそれは貰えない。早いとこ財布をしまうんだ。他の連中が寄ってくるぞ。1人に1つコインを恵んだって、君が100回破産しても足りない。そんな事でこの街は救えないぞ。だから早くそれをしまえ。そうか。君は優しい奴なんだな。良い事だ。けど、君には何も出来ない。その気持ちだけ受け取っておこう。君の国の言葉で、ありがとうはなんて言うんだい?そうか、、

『 ーーーーー』

いいか、今日の事、覚えておいてもいいが、結局は何も出来ないって事は忘れるなよ。少なくとも、今の君には。それでは、また会おう。帰りに物乞いされても無視するんだぞ。キリがないからな。



自堕落が僕を殺していく中で、終わりの見えない寒さの中で、久々に触れた優しさ。
また会おうなんて、かっこいい言葉を言ってしまった。明日にもここにいる事なんて分からないのに。
君はこんな風になってくれるなよと、聞こえないように叫んだ。それが今出来る、僕の唯一の存在証明かも、と思ったから。けれどたとえ聞かしたくても、僕から出た音は、街の闇に吸い込まれていく程のものでしかなかった。

僕は確かに、ここにいた。

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