ヒューマノイドの恋の行方
序章
西暦2150年。
日本の総人口は5000万人を切ろうとしていた。
労働力人口も減少の一途をたどっており、三人に二人は60代以上とも言われている。
平均寿命はここ数十年100歳前後で推移しており、長寿社会の中で減り続ける若者への負担は増すばかりだ。
ただ、国も何もしていなかったわけではない。
――労働力人口ヒューマノイド代替計画
高度な知能と手先の器用さを兼ね備えた、人間そっくりのヒューマノイドを開発し、西暦2200年までには、1000万台を生産。
そして彼らを職場に派遣し、労働に加わってもらうという計画だ。
しかし、計画には問題があった。
ヒューマノイドの知能はいくらでも人工的に高めることができたが、感情を豊かにすることは難しかった。
感情が乏しいため、クレーム処理や介護現場など、人間同士のコミュニケーションが重視される分野への導入が困難であると予測されたのだが、とはいえこれらは労働力が圧倒的に不足している分野でもあった。
そこで国は賭けに出る。
ヒューマノイドの感情形成には、人間でいう思春期に相当する期間に多様なコミュニケーションを取ることが重要であることは、長年の研究で判明していた。
これを利用するべく、人間とヒューマノイドが混在する高等学校を設立。
ヒューマノイドには3年間学園生活を過ごして感情を育んでもらい、コミュニケーション力が充分であると判断された個体から、代替難易度の高い職場に振り分ける方針を打ち立てた。
そして今、俺が通っている瑠聖学園の第1学年がまさに、人間とヒューマノイドが混在する最初の学年なのだ。
第1章 芽吹き
ヒューマノイドとの共同生活にも慣れてきた5月の朝、教室のドアを開けると、クラスメイト達が珍しく色めき立っていた。
隣の席の佐古が、興奮気味に話しかけてくる。
「義郎聞いたか? 隣のクラスの辻ってロボ、白勢に告ったらしいぜ」
――白勢碧、隣のクラスの女子で、俺の幼馴染み。
おっとりした見た目と柔らかな笑顔で人気は高い。
だが、昔から一緒に遊んでいたからか特別な感情を抱いたことはない。
これがウェスターマーク効果というやつだろうか。
「ヒューマノイドのこと、ロボって呼ぶのやめろよ」
「んなことよりさあ、いいの義郎、幼馴染でしょ。付き合うかどうか気になるんじゃない?」
「前も話したろ? 俺とあいつはそんなんじゃないよ」
そう、そんなんじゃないのだ。
それに、ヒューマノイドが人間に恋愛感情を持ったところで、成就するとは思えない。
どうせ辻ってやつがフラれて終わりだろう。
そう高を括っていた。
***
放課後、帰り道が同じ碧が前を歩いていた。
辻のこと、フったのだろうか。
妙に気になって、声をかけてみる。
「おーい、碧」
「ああ、ヨシ君。今日は部活ないの?」
「なかったよ」
「そう。じゃあ一緒に帰ろうか」
「お、おう」
うーん、変に緊張してしまう。
幼馴染だから何ともないのだが。
「……あのさ」
「うん?」
「あー、いや、変なこと聞くんだが……」
「辻君のこと? お付き合いしてみようかなって思うんだ」
――え? 付き合うのか?
心臓が跳ねた。
まさかそんなはずないだろうと思っていたので、心の準備ができていなかった。
「私、そもそもお付き合いするの初めてだし、ヒューマノイドの方との交際って、あまり良い顔されないことも知ってる。でもヨシ君には応援してほしいな」
その後、自分がどう返答したのか覚えていなかった。
ただ、碧は普段よりも少し浮かれていたように見えた。
そして、明日の放課後、屋上で辻に返事するんだと、嬉しそうに話していた。
第2章 収穫
昨日から、のぼせているような感覚が続いている。
――高血圧症か?
いや、それは違う。いたって健康だ。食事にだって気を付けている。
――自律神経失調症か?
俺が?
一体何に不安を感じているというんだ。
――風邪か?
まさか。
俺は風邪をひかない。
――なぜ?
そういえば、なぜ俺は風邪をひかないんだ……?
自問自答を繰り返している内に、今日の授業は終わっていた。
自然と足が屋上に向かう。
***
フェンスにもたれかかる碧が見えた。
辻はまだ来ていない。
――碧。
そう呼びかける声が自分のものではない気がした。
碧は落ち込んだような、諦めたような、そんな顔で俺を見て、こう言った。
「今回も嫉妬しちゃったんだね」
――今回も、って何だよ。
俺が入ってきたドアから、辻が顔を出した。
あいつが、あいつさえ碧に手を出さなければ……。
そう思った瞬間、意図せず右足が地面を蹴った。
ドアまでの距離、約10m。
それを一瞬で縮め、辻の頭めがけて拳を繰り出す。
ドゴォンと激しい音と共にドアが吹き飛んだ。
だが人間の感触はない。
辻は咄嗟にしゃがんで回避したらしい。
左足を軸に後ろを振り返る。
すると、目の前には辻ではなく碧がいた。
「ごめんね」
その言葉と共に、左首に激しい衝撃を受けた。
視界にノイズが発生する。
――碧って、おっとりしてるだけじゃなかったのか。
右に寄ってしまった重心を支えていた足が払われた。
浮き上がった身体に、強烈なパンチが入る。
腹部の穴から、煙と配線が浮き出てきた。
それが、義郎の最後の記憶だった。
***
「ふぅ、今回もお疲れーっす、碧さん」
辻疾人が明るい口調で話しかけてくる。
「あのさあ、私だけに処分させるのやめてくれない? 結構疲れるんだよ、身体も心も」
「へぇ、処理班に心を持った人間がいたなんて初耳っすねえ」
恋愛エラーヒューマノイド解体処理班、通称処理班と呼ばれる部署に私は属している。
ヒューマノイドに感情を持たせようとするのは良いのだが、その過程で恋愛感情が発生してしまうことも分かっていた。
ただ、ヒューマノイドはあくまで労働力。
必要最低限の感情は必要だが、仕事でやり取りする人を好きになられては困るわけだ。
そこで国は、恋愛感情が発生しないヒューマノイドの開発に乗り出している。
しかし、上手くいっていないのが現状だ。
試作機には、短い学園生活を何度も何度も繰り返させているが、その度に人間への恋心が発生してしまっている。
ただ好きになるだけならまだ良いが、彼らは同時に強い嫉妬を覚えてしまい、最終的に恋愛対象を傷つけてしまう。
人間の見た目をしているとは言え、元は機械。
暴走した彼らは特殊な訓練を受けていないと止められない。
見た目が人間であっても、冷静に処分できること。
機械の馬力を受け流して、的確に処分できること。
これが処理班に求められる役割だ。
「しっかし、こうも失敗ばっかだと、義郎君がかわいそうになってきますよ。毎回毎回、碧さんと幼馴染だってウソの記憶埋め込まれて、その幼馴染に破壊されてるんですから」
「大丈夫よ。どうせ1週間後には新品になって帰ってくるわ」
「んで、1ヶ月ぐらいしたら、また壊すと。」
「そうよ。それが私たちの日常よ」
いい加減、開発チームにはまともな試作機を作ってほしい。
だが、その開発のために素早くPDCAを回していかなければならないのも事実。
だから私は、これからもヒューマノイドを処理していく。
彼らが抱いた、虚構の恋心と共に。
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