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アミダのパラダイス

2024/08/28
人生初の運転。教わったことや自分の体感から調節して、技術が少しずつ身についていくことが楽しい。新しいことを学ぶ楽しさ。教官に話しかけられると途端にグネグネの運転になった。のびしろ有り。

夕顔(イヴニング・フェイス)を読み終わる。序盤の光源氏に対してくそったれと笑いながら読んでいた節があったが、ここにきて哀れみの視線が出てきたというか、彼の若さゆえの精神の未熟さを受け止める、私の土台ができたのかもしれない。夕顔の息が絶えた後、最初は自分がしっかりしないといけないと構えていた光源氏の だけど、惟光が来た途端に泣き崩れてしまうのなんか、そんなの抱擁してやりたいじゃないか。そのころ17歳だった光源氏。あなたの軽率さも、熱情も、悲しみも、それが若く眩い生命の強さ。

2024/08/29
若紫(ムラサキ)を読む。一行目のインパクトに一時停止。「ゲンジはマラリアにかかりました。」と。平安時代の日本にマラリアという知識はなかったよね?そもそもマラリアだったの?気になって角田光代訳を引っ張り出すと「光君がわらわ病みを患ってしまった。」とある。改めて角田訳の美しさを感じる。それは現代語訳ではあるのだけど、古典の雅を保った訳文だ。ウェイリー版は突飛でエキゾチックなのが楽しいところ。

「ここにどなたとお住まいですか。こう尋ねますのも、実は以前この場所を夢に見たことがありまして、今日ここを目にしてとても驚いたものですから」
僧都は笑って答えます。
「またずいぶんと唐突に夢の話になりましたね。…(略)」

源氏物語 A.ウェイリー版 ムラサキ

ここまで読んできた中にひとつも夢に出てきた話なんてしてないのに、お得意のでっちあげときたゲンジ殿。しかし既視感がある話の切り込み方。「夢の話なんだけど」とか「別に下心じゃないんだけど」とか、わざわざ言うゲンジ、「友だちの話なんだけど」って言って自分のことを話すやつだ。絶対相手の僧都もこいつ女に興味津々だってわかって応対しているって。

歴史的名著と思うと、襟を正して真面目に読もうとしていた。でも今はこんな風に、私はただただ楽しく読んでるよってことが伝わると嬉しい。『罪と罰を読まない』を読んだとき、こんな風に本って楽しめるんだと瞳を輝かせた。この人馬みたいな名前だなって思って、書いて、いいんだ!って。

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