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日記678

3月16日(金)

横切った猫2匹。
1匹は墓地、1匹は神社の北側。

夕方だった。ひとり神社を歩く。「目がまわる」といわれるが眼球のかたちは丸いのでまわるのはあたりまえだ。少しずつまわるからあたりを見回せる。「目がまわる」と発するとき、まわっているものはあきらかに目だけではないことからして、不十分な言い回しである。「世界が揺らぐ」とか「うわんうわんする」とか言ったほうがまだ正確さが増すだろう。……などと、どうでもいいことを気難しく考えているとき横切った。猫は神社から民家の庭に入って眼球をまわす間もなく視界から消えた。

ラーメン屋に置いてあった本に「世界は知らない人でできている」と書いてあった。TEDブックスというシリーズ。キオ・スターク著『知らない人に出会う』(朝日出版社)。あまりラーメン屋らしい本ではなかった。

小学生のころ通っていた長浜ラーメンの店では、コロコロコミックが読めた。土曜日だけ280円のとんこつラーメンを頼んで、ゴーゴーゴジラマツイくんの頁を真っ先にひらくことが習いだった。それか、少年ジャンプ。もしくはこち亀。おそらくラーメンの汁がこぼれたのか、全体的にゴワゴワのこち亀だった。これがわたしのラーメン屋だ。

あそこには、TEDブックスなんてこまっしゃくれたもんは置いていなかった。豚骨スープの香りがすると、ゴーゴーゴジラマツイくんを思い出してしまう。ゴーゴーゴジラマツイくんを読ませてほしい。これがいわゆるプルースト効果というものか。

わたしがもし研究者で、現在「プルースト効果」として知られる嗅覚・味覚の刺激から記憶の想起へと紐付く現象を、そう名付けられる前に発見していたとしたらたぶん「ゴーゴーゴジラマツイくん効果」として広めていたことだろう。ダサいネーミングにならなくてよかった。コロコロコミックじゃなくてフランス文学でよかった。

知らない人がつけた現象の名前をそのまま拝借する。もとより知らない人がつくった「日本語」なることばを教え込まれている。知らない人のことば。知らない人のつくったものがうちにはたくさんある。まず家から知らない人の手による。籍を置く国も、もともと知らない人がつくった。世界は知らない人でできている。そんなことすら知らなかったような気がする。いや忘れていたのか。情報化とかいうけど、わたしは永遠にあなたのことを知らないままで生きていくのでしょう。



にゃん