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【無名人インタビュー】現役吉原風俗嬢
今回ご参加いただいたのはみあさんです!
▷イントロ
さて24回目。みあさんです。タイトルにあるとおり現役の風俗嬢の方です。
前にも書いたことありますが、無名人インタビューは基本待ちの姿勢なんですが、みあさんの場合は、すぐにフォローしてちょっとかまをかけてしまいました。無名人のインタビューリストに並んでいたら絶対におもしろいだろうなと思って。で、まあ聞いてみたやっぱりおもしろかった。
まあ読んでください。みあさん、そうですね。「荒ぶる大地」って感じでしょうか。激しくも広いなと思いました。
今回も、お香でも立てながらご覧ください!
1、友人に誘われてnoteの世界に
qbc:どんなインタビューにしましょうか。
みあ:なんか本当全然わかんないで応募しちゃって、インタビューとか風俗誌のインタビューくらいしか受けたことがなくって。ぜんぜんわかんなくて、おまかせで。
qbc:なるほど。それでは、インタビューを受けようと思ったポイントはなんだったのでしょうかね?
みあ:興味を持ったポイントは、何かこう、ちょっとでも、こんな人もいるんだよ、てことを伝えれたらいいなみたいな、そんな感じでした。
qbc:みあさんのnote、非常に楽しく読ませていただいております。
みあ:ありがとうございます。
qbc:noteを始めたきっかけって何ですか?
みあ:noteを始めたきっかけは、今年になってから、友達に薦められて。webライターのお仕事してて、普通に業務委託で仕事してたんですけど、給料も、一本単価150,00円から40,000円くらいで。
不動産業のBtoB向けに、資料作ったりとか。全然めちゃめちゃ普通のライターやってて。
「文で表現するのが合ってるんじゃない?」って言われて、確かに! と思って、やってみたんですけど。それでもらうお金が、なんかしっくりこなくて。
その時に3月ぐらいからコロナになっちゃって。なんかちょっとこの仕事、ちょっと頑張ってやってたんですけど、うつみたくなって。「こういう仕事でお金もらっても嬉しくないな」と思って、やめて。
そっからなんか急に、最近までエロの仕事は辞めてたんですけど、やっぱりエロな仕事がいいなと思って(笑)
どうせだったら「日本一自給高い風俗業界行きたいなー」と思って。それで吉原受けて、一応高級店受かったんで、「吉原行こう」って決めた感じでした。それで今なんですけど。
2、北海道から宮城へ
みあ:なんか親友とかも2人ぐらい自殺してて。それで今友達とかあまりいなくて。
あと何だろう…実の母親がバツ5とか。あと、逮捕とか。
qbc:どんな(罪状)?
みあ:逮捕は、大麻取締法違反で一回だけです。でも今まだ執行猶予中の身です。
qbc:最近なの?
みあ:2年前。執行猶予は3年あります。
qbc:子供の頃は北海道だったんですか?
みあ:中学校2年生まで北海道です。中学校2年生の時に、じいちゃんとばあちゃんに育てられたんですけど。
お母さんが、急に宮城に遊びに行って、急に彼氏作って帰ってきて。
「ちょっとあんた、来月宮城に転校しない?」みたく言われて。私、めちゃめちゃ苗字変わりまくってたから、すごいいじめられてて。漫画に出てくるぐらい。相当うんざりしてたのもあって。
「あんたもいじめられてるし、丁度良くない?」みたいな。「あぁ、そうだね」って言って、その後もう、一か月で夜逃げみたい宮城に引っ越しになって。そこで初めて会った男の人が、お父さんで。
で、まぁ、普通に上手くいくわけじゃないじゃないですか。
それで16歳ぐらいで家を出されて。そっから、その後亡くなっちゃう女の子と一緒に住んでましたね。
人生やばいですよね、私(笑)
qbc:いろいろですねえ。
みあ:でもやっぱ、ばあちゃんとかじいちゃんが、自分たちで会社やってて、経営者なんですけど。だから、結構お金持ちの家でお金の苦労とかしなかったんですけど…。
そのじいちゃんとかすごい怒っちゃって。「これ以上、みあを掻き回すのはやばいんじゃないか」って。宮城に連れてくのは大反対で。「このまま俺らが育てる」みたいになったり。
3、一人目の旦那
qbc:ライターやる前は何してたんです?
みあ:メンズエステやってました。普通のエステです。
qbc:エロ関係はしばらく離れてた感じなんですか?
みあ:1年ちょっとやってなかったですね。私18歳から風俗なんで、それしかずっとやったことがなかったんですけど。
ちょうど結婚したのを機会に辞めました。私バツ4なんですけど。今は一人ですね。
qbc:結婚した年齢は?
みあ:初めての結婚は、19歳の時。そこで一人、お腹に身ごもって。
でも私その時はもう親とも住んでなくて。18歳で妊娠したんですけど。
久々お母さんに連絡して、「妊娠したんだよね」みたいな。
お母さんがその当時5回目の結婚してたんで、「お母さんところに帰っておいで」みたいに言われて。旦那さんの家もかなり貧困だったんで、私のそのお母さんの家に、旦那さんと帰ったんですけど。
で、そこから、お母さんの精神的な虐待が始まっちゃって、私に対して。お腹大きかったんで、私のほうは穏やかになってるんですよ。
それでかなり罵倒とかされてご飯食べるだけで怒られたりとか。
qbc:元々仲悪いってことですかね。
みあ:私は言うこと聞いてたんですけど、結構お母さんがちょっとあのすごい…今だから分かるんですけど、すごいやっぱこう、虐待気質があって。でも、それは何か、私のほうが言うこと聞かないからそうされてるんだってずっと思ってました。
まだ当時十八歳の時でも気づかなくて。やっぱ私が妊婦で太りすぎたんだとか、お母さんに助けてもらったからお米食べ過ぎたら怒られるんだとか本気で思ってて。
それで、旦那さんもやっぱちょっとほら、見かねちゃって「お前の親大丈夫?」みたいな。
そんなこんなでその子が産まれて、3週間経った頃に、旦那さんが「ちょっともうこの家無理」みたくなって、出てっちゃったんですよ。「親も頭変だし、お前の」って感じで。でもまぁ、おかしいししょうがないなと思ってて。
qbc:はいはい。
みあ:その後、一週間ぐらいですかね、過ごしてたんですけど。子供の育て方とかも、朝は6時に起きて、子供が起きてなくても無理やり起こしてとか。朝8時までに掃除機かけてとか。結構お母さんの縛りがすごくて、子供産んでからも。私の好きな子供服とか着させてもらえなくて。
で、ある朝に起きたらもう隣に子供がいない状態なんですよ。「うわやばい。もう8時だし」と思って、携帯見て。そしたらお母さんが子供をリビングに連れてってて。だけど私もほら、育児初めてだから、やっぱ起きれなくて。夜泣きとかで不規則だし。
qbc:なるほど。
みあ:そこでまた何かこう「どうせお前に子育ては出来ない」とか、ずっと、そういうようなことを言われてて。産んでからずっと。
まあそんなこんなで、産んで1ヶ月ぐらいで、ちょっともう実家に限界来ちゃって。子供を連れて、仲良い友達の家に逃げたんですよ。
もう相当きつくて、生活が。子供連れて逃げて、「2、3日はいいよー、うちにいなー」って言ってくれて、一緒に(育児を)やってもらってたんですけど。
qbc:うんうん。
みあ:その2、3日後の朝5時に、お母さんから怒鳴った電話きて。「お前金盗っただろう」みたいな。「いやいや盗ってないよ。私お金盗んだことないじゃん」って言って。まぁでも「とにかく一旦帰って来い!」みたいな感じで、友達に送ってもらって。
家帰って「本当に私盗ってないし」って言ったら、警察呼ばれたんですよ。お母さんに。
10万無くなったんですよ、家のお金が。
qbc:でも、家の中なんてやってないって証明できないじゃない。
みあ:そんな時に、私が久々帰ったら、お母さんの旦那さんも家出してて。
「私じゃなくて、お母さんの旦那じゃん!」みたいな。でも結局警察から、「被害届出しますか?」と言われて。で、お母さんが「いや絶対この子なんで出しますよ」みたいに、警察に言って。
だけど、結局家族間なんで、被害届出しても指紋検証ぐらいしかできなくて。で、検証しても、見事に私とお母さんの旦那さんとお母さんのしか出てこなくて。
結局犯人は私になっちゃって、なんかもう警察も呆れてて。「じゃあ一回その娘さんを連れて行きますね」って言って、署に連れてかれて。「おじさんと一緒にお母さんに謝ろう」みたいな。「もう終わらせた方がいいでしょ」みたく言われて。警察に、盗んでないけど一緒に謝ってもらって、家に入れてもらえたんですよ。
qbc:うんうんうん。
みあ:でもそしたらそこで「やっぱり盗んだのお前なんだな」みたいな。
「いや盗んでないけども、終わらせるしかないから、私が盗んだでいいよ」って言ったら、「この場で土下座して私に謝るか。でも私があんたと一か月ぐらいは口きかないから。それかこのまま子供置いて出てけ」と言われて、どっち選んでも究極で。
でもうちの家っていつもその何かあると「究極の選択」をよこすんで私に。「絶対もう、ここにいても自分の思うように子育てできないし、もういいや」と思って。「やっぱりお母さん変わってないなぁ」みたいな。で、「私じゃもう出て行く」って言って、子供もお母さん、どうせ私にも抱かせてもくれないし、意味ないから、「いいよ、お母さん育てなよ」って言って。
「まぁお母さんもあんたで私子育て失敗してるから、もう1回やり直すわ」みたいなこと言われて。その時に「私に関わった人に買ってもらったもの一切持って来ないで」みたく言われて。で、その時、自分のキティちゃんのスリッパとユニクロの上下のスウェットが、唯一自分で買ったものだったので、それを着て出て行くことになって、そっから出ていたんですよ。
4、二人目の旦那
みあ:それ以来お母さんに着信拒否されてたんだけど、半年ぐらい経った後に、お母さんが突然夕方泣きながら電話きて「ごめんあんたじゃなかった。お金盗ったの」みたいな。家出したお父さんが帰ってきてて。「ごめん。実は俺なんだ。盗ったの。だから、みあのこと許してやってくれ」みたいな。
それで、お母さんが「もう1回罪滅ぼしで、あんたのために家借りるから一緒に生活してくれ」みたく言われて、生活したんですよね。
でも当時、私二人目の旦那さんと付き合ってたんで。一人目は産まれて3週間ですぐ離婚して出てっちゃったんで。3日ぐらいで離婚届出して。
qbc:はい。
みあ:2回目にお母さんに犯人扱いされて、出てかされて。その間、最初は私、車生活してて、行くとこなかったんで。その時にデリヘルやって、そのデリヘルの店長とくっついて。それが二人目の旦那さんですね。
qbc:じゃあ結構再婚は早かったのね。
みあ:そうですね、当時二十歳ですね。籍は入れてなかったんですけど。旦那さんになる人と住んでた時に、お母さんから「犯人はあんたじゃなかった」って言われて。
「いやお母さん、今みあの生活もあるよ」って言ったら「その彼氏も一緒でいいし、本当罪滅ぼしさせてほしい」と言われて。その彼氏(二人目の旦那)と私とお母さん、最初の私の子供の四人で住んでたんですけど。
で、私、当時若かったんで、「新しい子供を作ればもっと仲良い家族になれる」と思っちゃって、それで二人目の旦那さんと子供作ったんですね。お母さんと暮らし始めて2ヶ月ぐらいで子供が出来て、でも、お母さんに言ったら見事に怒られて。
私の旦那さんがヤクザなのも原因だったんですけど(笑)
qbc:…風俗の店長やってて?
みあ:そうです。結構ガチなヤクザで。そういうので怒られて、お母さんは、私の最初の子供を連れて北海道に帰るって言い出したんですよ。
でも私はもう1回やり直したいんだって言ったんですが、お母さんはずっと沈黙のままっていうか。でまた、その時に、その旦那さんのお母さんが家に来てくれて。一緒に説得してくれたんですよ。
「みあちゃんの子供なんだからだめだよって。例えこれでみあちゃんが子育て失敗しようがね、みあちゃんが虐待しようがね、みあちゃんの子供だから、もうお母さん、これ以上かき回したらだめだよ」みたく言ってくれたんですけど、結局…「お母さん明日この子連れて北海道帰るから」みたいなこと言われて。
qbc:なるほど。
みあ:フェリーでお母さんは帰ったんですけど。フェリー乗り場まで追っかけていって、子供の取り合いしたんです。周りの目もすごかったし、子供もギャンギャン泣いてるんで(子供が)かわいそうになっちゃってきて。
こんな大の大人が取り合って、やっぱ私が諦めるしかないかと思って、諦めて。そっからまあ、二人目お腹もいたし。
qbc:うんうん。
みあ:それから、旦那がヤクザで揉め事とかが多くて、それで旦那さんがヤクザを辞めるって言いだしたんですね。
でも辞める時に、結構ヤクザに追われて。私もテトラポットとかに立たされて、ヤクザに。「殺されるのとあいつに連絡するのどっちがいい?」みたいな。
でも私ももう当時辛すぎて。「いやもう殺してくれ」みたく言って。したらヤクザもなんか「この女やばいな」みたいな(笑)
で、私すぐ警察呼んだんで、そうこうしている間に来てくれて。ヤクザはすぐに逃げていったんですけど。
qbc:どこの海で事件が起きたの?
みあ:宮城の海です。
qbc:旦那さんは足を洗えたんですか?
みあ:洗えました。お金払って。100万円ぐらいだったんですけど。今どき指とか切らないらしくて。お金でしたね。
で、そこから、旦那も仕事始めて、私の名前で会社を始めたんですね。20か21かの時。妊娠中に。旦那の後輩とか雇って。
でもなんか、旦那さんもあんまり家帰ってこなかったんで。そういう時に陣痛来て、旦那さんが遊びに行っていなかったんで、一人で運転して、病院まで行って、1時間ぐらいで産んで。その後、旦那さんも来てくれて。
産んで2、3週間ぐらい育児してたのが、旦那さんが帰ってきた時に「ごめん。俺今日トレーラーぶつけちゃって、700万円の借金背負ったわ」みたく言われて。「え、うそでしょ!?」みたいな。
qbc:うんうん。
みあ:私も当時、若くてバカだったんで、まんまと信じちゃって。
しかも会社やってるの私の名前だし、これ何かあったら私じゃんと思って、「だからちょっと、俺金払ったから、今月の給料0円だから」って言われて。「しかも従業員の金が払えないわ」って言われて。まだ産んで3週間ぐらいだったんで、すごい喧嘩したんですね。
だけど結局、自分の名前だから、自分でなんとかするしかなくて。それで「私箱ヘル(店舗型ヘルス)で働くよ」って言って。産んで3週間ですぐ面接行って。そっからとりあえずヘルスで働いて。
すごい忙しい店だったんで、毎日5、6万稼げてて。
(子供は)夜、旦那さんに見てもらって出てたんで、半月ぐらいで結構お金貯まって、従業員の給料も払ってたけど、「ちょっとこのままじゃもう会社経営できないなー」ってなって。
私もやることやったから、「一回会社畳むから」って言って、すぐ会社畳んだんですね。
qbc:はいはい。
みあ:しばらくちょっと生活落ち着くまで、旦那の返済月15万ぐらいですかね、旦那に渡して。
「でもこれじゃあ、お金残んないなー」と思って。もう二十歳過ぎてたんで、「こんなんじゃいつまでもお金貯まらないからソープ行くわ」って言って。
qbc:ヘルスとソープって何が違うの?
みあ:ヘルスは××なしです。(ソープは)自由恋愛なんですけど、××××××みたいな感じで。ソープだと、一本あたり一人やって22,000円ぐらい貰えたんで。3人くらい付くと、もう6万ぐらい。
子供も保育園行ける時期になったので。年齢が年齢だったんで、無認可でやってる私立の保育園しかダメで。朝7時半から夜9時までやってる保育園で。子供も1歳ぐらいだったんで、やっぱ夜は一緒にいてあげたいって思ったんで。そこに、朝7時半から夕方6時まで預けて、朝9時から夕方5時までソープをやるっていう生活になったんですね。
旦那さんの借金を返してたんですけど、今度は旦那さんが、急に野球を見るようになって。「野球つまんないから(チャンネル)変えてくれない?」って言ってたんですけど。興味もないのにすごく見てて「なんだろうなぁ」と思ってたら、また500万ぐらい借金作ってきてて。
qbc:なるほど。
みあ:借金取りとかが来てたんですよ。その借金取りに聞くと、野球賭博の親をやってて。
qbc:個人的に楽しんでたんじゃなくて、それを仕事にしてしまってたと。
みあ:「だから野球見てたんだ」と思って、そっからもう…
でも当時、私、一日10万ぐらい稼げたんで、週5回出て。月180万円かなぁ?150とか。
qbc:すごいなぁ。
みあ:だけどその分、返済が80万円ぐらいあったんで、毎月。なんか借金作ってきて。私がお金あるの知ってるから。
今、大人になってから気付いたんですけど、(旦那が)「借金」を口実に、私から嘘ついてお金取ってて。信頼できないから、返した人にヤミ金でもなんでも領収書書いてもらって、領収書も持ってきてたんで「本当に返し終わってんだ」って思ってて。
でも、そんなに返してるから、本当は半年ぐらいで(借金が)無くなるはずだから。「なんかなくなんないなー」ってずっと思ってて。次から次って借金してくるし。
5、うつと薬物
みあ:子供も2歳ぐらいになってたころ、ちょっと私うつになっちゃったんですよね。辛すぎて。
精神科行って、いろんな薬出されて、でも余計悪化しちゃって。今度は精神薬依存みたくなっちゃって。でも子供だけは、マジでちゃんと私がやんなきゃみたいな精神があって、何とかやってたんですけど。
qbc:はい。
みあ:ゆくゆく自殺しちゃう、友達の女の子がいるんですけど。その子は仙台へ転校してから仲良くなった子で。その子が薬物持って家に遊びに来て。「ちょっとやろうよ」みたいな。ちょうど子供も保育園だったんで。
私薬物やってもあんまり変にならないんですよ。楽しく遊べるって言ったら変なんですけど。楽しく遊べるタチで当時。それやると、ソープ行くのが辛くなかったんで、そこから一緒に友達と薬物ハマっちゃって。
qbc:なるほど。
みあ:子供が2歳8ヶ月ぐらいの時、それまでなんとかやってたけど、急に旦那に嫌気差しちゃって。マジもう無理だと思って、お母さんに電話して、久々。
「ちょっとお母さん本当助けて。鬱で相当やばいし、めっちゃ薬もやっちゃってるし、北海道帰りたい」みたいな。当時35キロぐらいしかなくて。
qbc:すごいね。
みあ:本当相当やばくて、それでも「太ってる」と思ってて。そういう姿を親は知ってたから。「そんなの家に連れてこれるわけないでしょ!」みたいな。
北海道に3軒家があるんですよ。なんで、近所でも有名というか。おじいちゃんとか地域の会とかの代表をやってたりとか。
そうなると人の目があるから「無理」って言われて。「マジどうしよう」と思って。とにかく行き場所も北海道しかないから、仲良かった友達に連絡して。「俺、今出張で家使ってないから、使っていいよ」みたいな。
子供とそこに一旦避難しようと思って。まだお金が3、400万あったんで、なんとかなるでしょ、みたいな。
qbc:うんうんうん。
みあ:その日のうちにフェリー取って。旦那に言わず、子供と北海道に逃げて。
でもその時に、私バカだから、結構薬物持ってっちゃって。「これだけやったらやめるし」とか思ってて(笑)
で、北海道戻って、お母さんに連絡して。小さい頃から可愛がってもらった、お母さんの仲良い親友が様子を見に来てくれてて。
なんかお母さんの親友も、うつとかで精神科入院してて。「みあちゃんも一回治療しない?」って言われて。すごい説得されて。「やっぱこのままじゃいけないし、みんなのこと信じて治療してみる?」みたいな。
ちょうど、そこの精神科の院長が、うちのじいちゃんと友達で。ゴルフ仲間だったんですよ。そこの院長に、内緒で理由話して。「ちょっと診てくれないか?」みたいな。で、私の入院が決定して。
qbc:うんうんうん。
みあ:で、入院が決定しちゃったら、今持ってる薬物をやんないともったいない気がしてきちゃって、一気にやっちゃったんですよ、いろいろ。したら、めちゃめちゃ変になっちゃって、初めて。
その時、死のうと思って。子供も寝てたんですけど、「これもう、死ぬしかないな」みたいな。そん時初めて、旦那に連絡して。「お前のせいで人生終わったわ」みたいな。「死んで呪ってやる」ぐらいに、2、3時間電話してて。
qbc:うん。
みあ:で、まぁ、旦那仙台なんで、何もできないじゃないですか。
旦那が、ウチの親に電話して。「ちょっとみあ、相当やばいかも」みたいな。入院まであと1週間ぐらいだったんですよ。
「なんとか気を保ちなさいよ」みたく、親からも連絡来てて。もう本当ダメみたいな。相当ね、今まで、お母さんのこともつらかったし、全部無理みたく言って。
そして、包丁で手首切ったんですよ。それを旦那に言ったんですよね。「もう手首切った後、お湯に浸かって死ぬだけだから。今に見てろよ」ぐらいに言って、それでもう朝5時ぐらいになっちゃってて。
旦那が「もう駄目です」みたく言って、ウチの親に。したら救急車呼ばれて。私、なんか血だらけのままでいたんですけど、「救急対応とかいらないから」とかって言って。「もう死ぬんだから。今からさ」みたいな。
qbc:うんうん。
みあ:したらなんか「救急対応断ると、警察呼ぶことになっちゃうけどいいんですか」って言われて。「あぁもう薬物で終わってるし、一人でやめれないし、誰も助けてくれないから呼んでくれ」って言って。ちょっとその時に大麻とかあって、少しだけ。「うわこれちょっと持ってたらまずいなー」ってなって。でまぁとりあえず吸い切って。
警察が来て。メガホンみたいに何か言ってんですよ、外で。「子供を出しなさい!」みたいな。
qbc:立てこもりみたいになっちゃったと。
みあ:勘違いしてて警察が。それで、下手すると押し込まれたりとかするから。子供が危ないなと思って、子供を裏の窓から出して。「ここから走っていきなさい。ママちょっと今ヤバい状況だから」って言って。
qbc:子供いくつの時?
みあ:2歳8ヶ月です。言葉の理解はできてて。もうその時、子供がもう大号泣して。「ママといたい!」みたいな。「ママ超ヤバいから、ほんとごめんね」って言って、外出して。
「ちょっと捕まるなぁ」と思ってたんで、ちょっと一息ついて、自分で普通に降参ポーズ取って。その後玄関から出たら、目の前にお母さんいて。私の上の子もお母さんの車に乗ってて。なんか腹立っちゃって、「なんで私だけこうなんの!?」みたいな。して、お母さんぶん殴っちゃって。
でも、警察とか止めなくて。多分分かってたんでしょうね、いろいろ。やっぱ田舎ですし。うちの家がどういう家かとかも多分知ってるでしょうし。ちょっと経ったら止められたんですけど。
6、入院、そして離婚へ
みあ:それで、そのまま警察署連れてかれて、尿検査したんですよ。「うわもうマジ終わったじゃん」とか思ってたら、なんか全然出なくて、尿検査の反応。
qbc:そうなんですね。
みあ:何なんですかね。稀に(反応が)出ない人とかもいるらしいんですけど。物も持ってないし、もうやっちゃってるから。
qbc:それしか証拠がないんだ。
みあ:コカインと覚醒剤とかは、尿検と所持なんですけど、尿検出ないじゃないですか。マリファナは使用が罪じゃなくて所持が罪なんで。マリファナは、ちょっと残ってたのをやったのと、突入してきそうだったんで、全部食べたんですよ。ヤバいと思って。だから所持もしてなくて。「マジラッキー♪」とか言ってて。
でも、いろいろやりすぎちゃってたんで、その場で気を失っちゃって、警察署で。目が覚めたの昼過ぎぐらいで。朝捕まったんで。して、お母さんとかお母さんの親友いて。「いやでもあんた良かったよ」みたいな。
qbc:なるほど。
みあ:でも警察も「このまま帰すわけにはいかない」ってなって。したら、その爺ちゃんの友達の精神科の院長さんが、電話対応してくれて。
「みあさんは、もう入院の予約を入れてるし。いくら本人が薬物をやったって言ったって、出てきてないんだから、まずは警察署にぶち込むよりは治療が必要なんだ」って言ってくれて。そのまま精神科入院することになって。
qbc:はいはいはい。
みあ:私は相当嫌だったので、当時は。「絶対入院しない!」とか言ってて。だけど、騙しだまし連れてかれて、みんなに。
じいちゃんの友達の院長さんが診察してくれて「今日はどうしましたか?」みたいな。「無理矢理連れてこられて。私、今から帰るんで」って言ったら、「はい、もう上へ連れてってください」って言われて(笑)
なんか精神科の人達、あと警察に、無理矢理腕抱えられて。「警察特定保護入院」ってのが付いて、部屋に連れてかれて、牢屋みたいな。
「とにかく、寝てないんだよね」みたく言われて。「寝てない」って言って、筋肉注射みたいな眠る注射を打たれて、二の腕に。でも私、効きすぎちゃってるから、全く効かなくて。でもそこで少し和んで、みんな笑ってて。「相当ヤバくない?」みたいな(笑)
qbc:(笑)
みあ:んで、4本ぐらい打たれて。「ようやく(眠気が)来たわ」みたいな。
qbc:ゾウみたいな感じなのね。
みあ:んで、眠って、もう夜で。目が覚めて。薬物抜けるの早くて、正常に戻るのが。
携帯とかは使えたんで、「この先どうなんだろう」と心配になって、旦那に連絡して。「どうなってんの、今?」みたいな。したら「とりあえず俺、明日あんたん家の家族に謝りに行くから。あんたのお母さんの上の子いるじゃん。だから俺、下の子を引き取るからさ、明日仙台から行くね」って言われて。旦那が謝りに来たらしくて。
でもうちのじいちゃんとかやっぱ怒ってて。その後、その足で子供連れて、私のとこにお見舞い来て。家族だったんで入れたんで。少し子供と話しして。「退院したら帰るからね」って言って、「うん、待ってる」みたいな。
qbc:うん。
みあ:でもなんか帰りに、子供が私のほう向いて、声も出さずに涙流してて。手を引っ張られても行かないんですよ。でもなんか私もそれ見てすごい泣いちゃってて。
「このままもしかしたら会えないかもしれない」って思って。子供にも私にも、看護婦さんとかが説得してて。「大丈夫。絶対すぐ治るから」みたいな。
子供も泣く泣く連れてかれて、私もその時は「そっか、しょうがないのか。頑張ろう」みたいな、治すことに懸命になろうと思って、治療始めたんですね。
みあ:でも、治療始めて一週間目ぐらいで、また旦那から「金振り込んでくれ」って言われて。50万。「あんたまだ400万ぐらいあるっしょ」と。
私、家出てくる時に、子供の靴下の下に50万置いてきてたんですよ。旦那には言わないで。もしやり直せたらなって思って、置いてきたんですね。
それを言う時だなと思って「いや実は私、あんたともやり直せたらなって思ってたから、50万置いてきたんだよね。それ一旦使ってて」って言ったら「え、もう使ったよ、それ」って言われて。そこでもう冷めちゃって。「これ多分治療して、あっち戻ったって、また金取られんな」と思って。でも、あとちょっとだけ様子見たいと思って。そこからもう30万とか20万とかこう言われてて。
qbc:うんうん。
みあ:その都度、お母さんに振り込み頼んでて。私の通帳を渡して。
さすがに2回目ぐらいで親にめちゃめちゃキレられて。「あんた目を覚ましなさいよ」みたいな。「あっち(宮城)に帰ったってやり直せるわけないでしょ!あんな男と」みたいな。
でももう「二度と子供と離れたくないし、金払って済むなら、私金払う」って言って、すごい親子喧嘩になって。
だけど結局、お母さんみたいに振り込んでくれなかったんですよ。「もうお母さんはこんなことしない」って言われて、そっからもちろん旦那にも「子供と一緒にいれないよ」とか言われてて。
qbc:うん。
みあ:すごい板ばさみみたくなってて。その時に、少し冷静に考えて、「確かに、お母さんの言ってることもそうだな」みたいな。こうなったのも、自分のせいでもあるし、でも前みたいな生活したくないしって言って、初めて旦那さんに「離婚してくれ」って言ったんです。
qbc:なるほどね。
みあ:そっから離婚して、ただやっぱ諦めなかったんで、すぐ入院中に弁護士の手続きとかもしてて。ざっと事情を話しただけでも、(親権を)めちゃめちゃ取れる確率低いと言われて。
「だってあなた、今入院中ですよね?しかも精神科にね。しかも薬物で。それ普通に多分無理ですよ」って言われて。「あーやっぱそうか」と思って。
そうしてて、3週間ぐらい経った時に「退院でいいですよ」って言われて、退院したんですよ。そっからいろいろ弁護士先生とのやり取りしたんですけど、取れる確率は本当に低い。
qbc:うん。
みあ:このまま揉め続けて子供を取り合うのか、それとも新しく自分一人で生きてくのか、どっちかじゃないかって言われて、少し考えて、また無理やり取ったりしても、子供にもまた傷だろうし、子供諦めて、親権をあっちにあげて。
そっから少しその精神科の治療があったんで、まだちょっと通って。薬物検査とかしなきゃダメで、2ヶ月ぐらい。
実家に帰っても、やっぱり私、少し頭変なんで。やっぱりみんなとうまくいかなくて。そっから結構車上生活して、病院通ってる間。「もうすぐ仙台帰ろう」と思ってたんで、2ヶ月なんとか耐え抜いて、また仙台一人で帰ったって感じですよね。
7、アイヌの文化
みあ:そっからは、別の女の子と住んでて。そっからまぁ普通の彼氏もできて。そこから、ある程度普通に。色々あったんですけど。ただマリファナは吸い続けてて。
私アイヌ人なので、アイヌ文化なんですよね、結構昔から。北海道って普通に生えてるんで。
qbc:そうなんだ。
みあ:なんで、ばあちゃんとかも、昔大麻草とか取ったりとかしてたんで。だから「悪いもの」とか思ってなくて。ウチの家族みんなオッケーだし、みたいな。
「やれ」とは言わないですけど、「日本のルールに従ってね」ってもずっと言われてたんですけど、何が悪いの?ぐらい思っててね。
qbc:今は、どんな気持ちで過ごされているんですか?
みあ:今は、愛情あふれる人になりたいし、お母さんとかおじいちゃんとか家族みんなにも、自分が今できること…言ってもお金ぐらいなんで、幸せにしてあげたいとは思いますね。
結局、お母さんも今働いてないし、ゆくゆくおじいちゃんも死ぬじゃないですか、お金持ってたって。うちの家、女系家族なんで、みんな離婚しちゃって誰もいないんで。
それで、私がやるしかないのかな感じで思ってますね。幸せですね、いろいろあったけど、今が一番。
あとは自殺者を減らしたいです!私みたく生き方が分からなくなる前に救える人達がいたら、救いたいなって思って生きてます!(笑)
qbc:いいですね!
みあ:うん、すごい良かった!ありがとうございました!
qbc:ありがとうございました!
▷アウトロ
「自分自身を伝えたい」という人は、無名人インタビューを受けていただく方の中には多いです。「自分みたいな人を増やしたくない」という人も。
あんまり大袈裟に言うのも気が引けるのですが、この世界には声を上げられない人がいます。政治的な意味合いで、社会的な意味合いで。声の上げ方を知らないだけの場合もあるし、上げる気力を失っている場合もあるかもしれない。
人に自分の話を伝えるというすごくシンプルなことが、あまりなされていないのはなぜなのだろうか。めんどうくさい?
人の気持ちを聞いて影響を受けるという対話がなくなったら、それは人間であることをやめちゃうくらいの大きな事件なんじゃないのだろうか。
(編集協力:虹倉きり)
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