ミックスフライ定食


ミックスフライ定食を注文するときはいつも少し緊張する。
アジフライ定食やエビフライ定食、コロッケ定食があるメニューの中で、ひっそりとたたずんでいるミックスフライ定食の静かなる裏ボス感とでも言えばよいのだろうか。
アジフライもエビフライもコロッケもメンチカツも食べたいわがままな胃袋のためにミックスフライ定食は存在すると思っている。一方で、ミックスフライ定食についてくる揚げ物は多くて3種類。定番のエビフライは外せないとして、残る2つはいったい何が選ばれているのだろう、とワクワクする。そこが港町であれば地魚のフライは外さないだろう。山中であれば地元のブランド牛や豚を使ったカツが出てくるかもしれない。下町の薄汚さがアジを出している個人経営店ならじゃがいもだけで作られた素朴なコロッケに期待してしまう。これが、よくわからないサツマイモやらオクラなどの野菜のフライだったら興ざめだ。
ミックスフライ定食を頼む前に、「ミックスフライ定食は何が入ってるんですか?」と聞くの御法度である。答えを知った状態で運ばれてくるミックスフライ定食など、地獄のシャワーのない学校のプールくらいつまらないものだ。運ばれてくるその瞬間までミックスフライ定食に思いを馳せ、届いた瞬間に喜びをかみしめるも良し、期待外れのフライ達に落胆するも良しなのである。
ところで、フライというとパン粉をまぶしたサクサクしたものを思い浮かべるが、てんぷらやフリッター、唐揚げや竜田揚げなどはミックスフライ定食には含んではいけないのだろうか。唐揚げ定食も食べたいけど、メンチカツ定食も食べたいときにはミックスフライ定食は頼まない。メンチカツ定食を頼んだのとは別皿で単品の唐揚げを注文する。これがミックスフライ定食という名前だから、唐揚げは含まれないという先入観があるのであって、揚げ物定食という名前だったらもっとワクワクできるだろう。
揚げ物定食のラインナップを想像するのは、小学生のクリスマスイブの夜くらい興奮する。ミックスフライ定食では定番のエビフライが、揚げ物の王道である唐揚げの前でどこまで効力を発揮するのだろう。正直唐揚げとエビフライのどちらか一つを選べと言われたら、その答えを出すのには相当の苦悩が付きまとうだろう。唐揚げは家でも簡単に作れるし、冷凍食品でも美味しいものはたくさんある。コンビニのホットスナックでも美味しい唐揚げはあるが、だからこそ定食屋で出てくる揚げたてで素朴で真っすぐな唐揚げを無性に欲してしまうだろう。一方のエビフライは家ではまず作らない。冷凍食品のエビフライは大半が衣でだまされたような気分になることが多く、コンビニなどで出会う回数も少ない。揚げたてのエビフライは尻尾までおいしいこと間違いないだろう。しかし、その定食屋のエビフライが本当に良心的で、衣でかさまししたり、短いエビを叩いて伸ばしてそれらしくしたりしたものではないという保証はどこにもないのだ。となると、軍配は唐揚げに上がるような気がする。
これがミックスフライ定食なら迷わないのだ。しかし、ミックスフライ定食の場合はわかりきったエビフライ以外のラインナップが重要になってくる。むしろエビフライは3番手で、とんでもない揚げ物が待ち受けている可能性だってある。エビフライがレギュラー落ちしようものなら、それは新時代の幕開けで、坊主のいない野球部の甲子園優勝のような驚きが全世界を駆け巡るだろう。エビフライが食べたくて、少し欲張ってミックスフライ定食を注文したら、その先に待ち受けているのは絶望以外の何物でもない。

さて、注文の時が来た。
ここは駅前商店街から一本外れたところにある小汚い定食屋。地魚のフライもブランド牛のメンチカツも候補からは外していいだろう。となるとやはり、最強のラインナップ1番エビフライ2番コロッケ3番トンカツといったところであろうか。もしかしたらコロッケはカニクリームコロッケかもしれないし、トンカツではなくチキンカツかもしれない。しかし、一押しメニューにジャンボエビフライ定食がある以上、エビフライだけは絶対に外れないだろう。
注文するときは堂々と。たとえやけにチャキチャキしたおばちゃんに、早口で注文を急かされたとしても焦ってはいけない。中高の部活で鍛えあげた腹筋を使って、今世紀最高の発声を意識する。
「ミックスフライ定食を一つ」

さあ、いざ勝負のとき。
運ばれてきたものは

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