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NMRスペクトルによる有機化合物の構造解析入門①~NMRとは?NMRの歴史~

はじめに

どうも、無名博士の墓です。
一年ぶりにNMRスペクトル解説の続編(第4回)を作ろうとしたら久々すぎて「どこまでをどう解説したんだっけ・・・・・・」っと自分でも分からない状態になってしまいました。いやはや情けない。というわけで、復習も兼ねて過去4回分のレジュメを作って行こうと思います。

今回は記念すべき第一回目!

といっても、単にNMRとは何者なのかとその歴史を概説したものになりますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。


NMRとは?

核磁気共鳴(NMR)スペクトルは、有機関係の研究室になくてはならないもの。これがなくては始まらない。(中略)NMRをみればわかる。悩むより早いし正確。NMRはうそをつかない。答えをすぐに出してくれる。
じゃ、何を教えてくれるかって?

J. W. Zubrick著, 上村 明夫訳,
研究室で役立つ有機実験のナビゲーター第3版ー実験ノートの取り方から機器分析までー,
丸善出版, 2018より引用


NMRとは核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance)の略で、一般には核磁気共鳴分光法のことを指します。本記事でも以降基本的にNMR=核磁気共鳴分光法です。

分光法というのは光や紫外線などの電磁波を用いて物質の分析を行う手法を言います。詳細は第2回で述べますが、NMRではラジオ波と呼ばれる電磁波が用いられます。

ざっくり言えば、このラジオ波を使って、分析対象の物質由来の核磁気共鳴現象を検出するのがNMRです。

”核磁気”共鳴分光法とあるように、NMRでは特定の原子の原子核が持つ磁石のような性質が重要になります。このような原子核は特定の条件下で核磁気共鳴という現象を引き起こす事が知られており、上述の通り、NMRではこれを検出しているわけです。

そしてNMRの用途なのですが、主に化合物の構造式を調べる目的で使われます。構造式というのは下図のようなやつですね。

図:シガトキシン1Bの構造式 (Murata et al., 1989)

有機化学の分野ではこのような構造式は頻繁に出てくるわけなのですが、そもそも決して目に見えないはずの、こうした化合物の構造がなぜ明らかになっているのかというと、最初にその物質の構造式を解明した人がいたからに他なりません。

そしてその時に使われるのがNMRという訳なのです。

NMRを使えば、既知の物質はもちろんのこと、これまで全く存在が報告されていない化学構造を有した未知化合物相手でも、NMRスペクトルを読み解くことさえできれば構造決定が可能です(しかも非破壊的に!)。NMRの強みはここにあります。そのため、新規化合物の構造解析はもちろんのこと、有機合成実験で目的物ができたかどうかの確認、できなかったとしてじゃあ何が生じたかの調査などもNMRがあればできるわけです。

とはいえ、NMRを取れはダイレクトに対象物質の構造式が出てくるのかというとそうではなく、NMR測定により得られたスペクトルを解析することでやっと構造が分かります。そしてそのスペクトル解析というのがなかなか難解で、骨の折れるものなのです。

そこで本記事(もとい動画)では、そんなNMRの原理とスペクトルによる構造解析の方法について、初学者向けに解説していくことを目的としています。

一応以下のような流れで解説を進めていく予定です。

・NMRとは, NMRの歴史(本記事)
・NMRの原理
・1H NMR 基礎
・13C NMR 基礎
・1H NMR 応用
・13C NMR 応用
・NOEによる立体解析
・二次元NMR

後々多少の原稿などもあるかもしれませんが、よろしくお願いします。

NMRの歴史

NMRの歴史についても触れておきましょう。

1930年代:NMRの初観測
核磁気共鳴現象の最初の観測は1938年にイジドール・イザーク・ラビらによって達成されました(Rabi et al., 1939)。ラビはこの業績で1944年にノーベル物理学賞を受賞しています。ただし、この時はまだ核磁気共鳴現象という言葉自体は登場していません。

1940年代:核磁気共鳴という単語の登場
核磁気共鳴の名づけの親はコルネリウス・ゴルテルで、1942年に報告した論文"Negative Result on an Attempt to Observe Nuclear Magnetic Resonance in Solids"(固体中の核磁気共鳴を観測する試みのネガティブな結果について)にて初めて核磁気共鳴というワードが使われました (Gorter et al., 1942)。

1940年代:固体・液体NMRの確立
現在使われているNMRの原型ともいえる凝縮系(要は固体・液体のこと)におけるNMRの検出は、エドワード・パーセルとフェリックス・ブロッホらによって達成されました(Purcell et al., 1946, Bloch et al., 1946)。両氏はこの業績で1952年にノーベル物理学賞を共同受賞しています。

1950年代:装置の市販化
1950年代に入ると、NMR装置が市販されるようになり、その利用が加速されていきます。

1960年代:NOEとFT-NMRの登場
1960年代になると核オーバーハウザー効果(NOE)を利用した有機化合物の立体解析法が確立されました。中西香爾らによるイチョウ由来成分のギンコライドの構造決定が代表的です(Nakanishi et al., 1967)。更に、1966年にはリヒャルト・エルンストらによってフーリエ変換NMR(FT-NMR)という画期的な測定手法が確立しました。エルンストはこの業績で1991年にノーベル化学賞に輝いています。

1970年代:装置の高性能化
1970年代辺りからはより高性能な装置を目指し、超電導磁石を搭載した高分解能NMRが登場するようになります。

1980年代:二次元NMRの発展
1980年代には二次元NMR法が発展し、複雑な化合物の解析がより容易になりました。

1990年代:高分子への応用
1990年代に入るとクルト・ヴュートリッヒらによりタンパク質などの高分子化合物の解析への応用も発展していきました。ヴュートリッヒはこの業績で2002年にノーベル化学賞を受賞しています。因みにこの時MALDI-MSの生みの親である田中耕一も共同受賞しています。

このようにざっと80年近い歴史を持つNMRなのですが、その発展の裏には数多のノーベル賞に繋がった業績があるのが分かるかと思います。上記以外にも、核磁気共鳴現象関係だと更に2003年にパール・ローターバーとピーター・マンスフィールドがノーベル生理医学賞を受賞しています。

このことからも、NMRが科学の発展においていかに重要であったかが何となく分かるかと思います。

まとめ

今回は以上になります。

最後に重要な点をまとめると、

① NMRとは核磁気共鳴現象を検出する分光法である。
② NMRは未知の物質でも非破壊的に構造式を解明することができる。
③ NMR関連の業績で多くのノーベル賞受賞者が出ていることからも分かる
  通り、NMRは科学の発展においてとても重要。

・・・・・・といった感じですかね。

これからもよろしくお願いします。

次回

NMRの原理について解説していきます。

参考文献

本記事執筆に当たり、以下の文献を参考にしました。

C. J. Gorter and L. F. J. Broer, Negative Result on an Attempt to Observe Nuclear Magnetic Resonance in Solids., Physica., 9, 591, (1942)

E. M. Purcell, H. C. Torrey, and R. V. Pound, Rezonance Absorption by Nuclear Magnetic Moments in a Solids, Phys. Rev. 69, 37, (1946)

F. Bloch,  W. W. Hansen, and M. Packard, Nuclear Induction, Phys. Rev. 69, 127 (1946)

I. I. Rabi, S. Milliam, P. Kusch, and J. R. Zacharias, The Molecular Beam Resonance Method for Measuring Nuclear Magnetic Moments. The Magnetic Moments of 3Li6, 3Li7 and 9F19, Phys. Rev. 55, 526 (1939).

K. Nakanishi, The ginkgolides, Pure Appl. Chem., 14, 89-113 (1967).

M. Murata, A. M. Legrand, Y. Ishibashi, and T. Yasumoto, Structures of ciguatoxin and its congener, J. Am. Chem. Soc., 111, 8929-8931

J. W. Zubrick著, 上村 明夫訳, 研究室で役立つ有機実験のナビゲーター第3版ー実験ノートの取り方から機器分析までー, 丸善出版 (2018)

MRI:核磁気共鳴画像法ーWikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E7%A3%81%E6%B0%97%E5%85%B1%E9%B3%B4%E7%94%BB%E5%83%8F%E6%B3%95

NMRの歴史ーJEOL
https://www.jeol.co.jp/products/scientific/nmr/history.html

核磁気共鳴ーWikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E7%A3%81%E6%B0%97%E5%85%B1%E9%B3%B4


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