微温い狂気

静寂の保たれていた部屋に、突如迫り来る低い声。それが私の鼓膜を揺さぶるのと同時に、脳髄は勝手に快楽物質を溢れさせます。
もう、ここへ来てどれ位の時が経つのかを、私は知りません。知っているのは、私をここへ連れてきたのがお父様であることと、この部屋でのルールがお父様だけであることです。お父様は、私の本物のお父さんではありません。来る日も来る日も、抗えないルールの下に身体を犯される日々。私がこれまで生きてきて、感じたことのない熱量がそこにはありました。私のことを犯すお父様から受ける熱の深さに、段々と溺れる様になっていく私には、きっともう、お父様だけになりました。監禁状態で身動きも取れない私を、散々いたぶった後、遂にお父様は、私の口腔内に本物の、冷たい拳銃を咥えさせました。

「あの日、お前が言った言葉を覚えているか、」

お父様はいつものように、煙草を咥えながら私を見下ろします。

「何でもします。なんて、簡単に言うもんじゃないんだよ。お前が、その場しのぎで生きてるからこんな穢い世界に引きずり込まれるんだよ。この姿、本物のお父さんが見たらどう思うだろうなぁ。」

半ば無理矢理の様にクスクスと狂気的な笑みを零しながらお父様は私の手の甲に灰を落としました。でも、何だかそれは、お父様が自分自身へ言い聞かせてるようにも見えました。

「…でも、俺は悪くない。お前が口走った事だもんな。言葉の責任を取れて、さぞ幸せだろう。可哀想なのはな、お前の戯言一つのせいで、この手を汚さなけりゃ行けなくなった、俺の方だ、そうだろ?」

もはやその瞳は、少しも光を灯してはいません。私の身体をめちゃくちゃにしながらも、時折熱く可愛いと囁いたお父様は、もう、ここにはいませんでした。私は、口に捩じ込まれた拳銃のせいで言葉こそ発することは出来ませんが、いつの間にか目から涙がこぼれ落ちています。

「最後に一番可愛い顔するなよ、」
お父様は私を見つめながら、哀しそうにその黒い鉄の引き金を引きました。

さようなら、お父様。

今まで、口淫をしても決してそれだけで果てることはなかったお父様が、私のこの口腔に、今宵初めて弾丸を射ちました。


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