「自転車 肥満 美少年」


「おまたせ、」
「…………。」
「…悪かったって。 そんな顔すんなよ。」

綺麗な顔を不器用に崩してこっちを睨んでくる。同級生、違うクラス、同じ制服、下校時間。

「……」
「暑くないの?」
「……。」

タオルとジュースを差し出すと、タオルだけを受け取って汗を拭く。そのまま俺のタオルを手に持ったまま俺の自転車の後ろに乗る。

梅雨もあけて暑くなってきた。半袖の生徒が目立つようになった。だけどコイツは長袖のシャツをきっちり着ている。

いつだったか、下校中に動けなくなってる篠月を見つけて自転車の後ろに乗せて帰った。
それからは何故か当たり前のように一緒に帰る。俺の自転車に乗って。

本当におなじ人間を乗せてるのか、というくらいに篠月は軽かった。

篠月は言うなら「美少年」だった。学校中の人間なら誰もが知っていて、仲良くなりたいと声をかけてくる生徒は多かった。

ただ、少し異様だったのは、その体には肉らしい肉がついていなかった。
繊細な顔つき、細い髪の毛、それと同じようにこいつの体は軽く、薄く、成長期の男子高校生にはありえないほど細かった。飛んでいってしまいそう、というよりは急に誰の記憶からも消えてしまうんじゃないか、居なかったことになってしまうんじゃないか、というくらい寂しい雰囲気がした。

いつか理由を聞いたら「醜くなるのが嫌だ。」と答えていた。肥満体を醜いと定義しているらしいコイツは食べることを避けていて、そして気づいたら体の方も自然と食事を拒絶するようになったらしい。そのほかの理由は知らない。

帰り道。特に喋ることもなく無言で自転車を走らせる。
「昼飯は食ったか」、聞いていいのか悩む。
確か昼は1人で教室か中庭にいるはずだ。

不自然に細く、骨ばって、明らかに栄養が足りてないその体。
学校から家までの帰路も持たない体力。
心配するには条件は揃いすぎている、むしろここまで無関心を装って貫いたままでいいものか。それでも、俺は1度でも間違えたらもう一緒には帰れない気がした。


後ろに感じる重さは、コイツじゃない。きっと減ってない昼飯の重さ。
体温や吐息、鼓動。重さ以外で生きてることを確かめる。

自分が気持ち悪いことは自覚しているが、それでもちゃんと熱を持つ。早くなる心臓。



「……いつもありがとう」
「珍しいな。そんなこと言うの。」

「重いだろ。」
「そんなわけないだろ!?」

自分でも驚くくらい大声で、しかも食い気味で答えてしまった。

篠月もまさかそんなハッキリとしたリアクションが俺から返ってくるとは思っていなかったのか、大きい目をさらに大きくしてこっちを見ていた。

「ふふ、うるさ。」
「いや、ほんとのことだし。」

初めて年相応の顔をしたように見えた。初めて、ともだちみたいな、会話をした気がした。

「どうってことないよ。お前くらい。」
「……そう。」


「お前ガリガリなんだもん。」「心配になるくらい細いから、」「もう少し食って。」「家に帰ったら誰かいる?」「食べるものはある?」「良かったら昼も一緒にいよう。」「無理はしないで。」「重くなんてないから、」「吐いた日でも、」「何も食べなかった日も、」

こうやって一緒に帰ろう。

今日も何も言葉にできなかった。


「また、明日な。」
「……ん。」



やっぱり体が熱い。特に軽くなった感じもしない自転車。来た道を全速力で走らせる。

明日はもう少し重くなってますように、そんなこと願ったら嫌われるかな。笑った顔が可愛かったな、明日も少し笑ってくれればいいな。なにか声をかけてみようかな。

お前がちゃんと生きてること、明日はどれくらいわかんのかな。








篠月:拒食症らしい美少年。最近は橘の自転車に乗って帰るのだけが楽しい。
橘:篠月を自転車の後ろに乗せて家まで送る人。頭の中でだけよくしゃべる。




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