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弱小ロボコン部を全国優勝に導いた立役者!Scramble代表理事の川節拓実さんと語ってみた【コモさんの「ロボっていいとも!」第14回】

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こんにちは、コモリでございます。

おひるやすみはロボロボウォッチング、ロボティクス業界のキーパーソンの友達の輪を広げるインタビューコーナー「ロボっていいとも!」のお時間となりました。

前回のゲスト、筑波大学大学院の博士課程に在籍する安達波平さんには、高専ロボコンから始まったロボットとの出会い、恩返しで始めた「ロボティクス勉強会」オーガナイザーとしての活動など、楽しくお話を聞かせていただきました。

今回のゲストは、そんな安達さんから「ロボットコミュニティと言えば、僕にとってはやはりこの人は外せない」とプッシュいただきました。かつては高専ロボコン弱小校を全国大会優勝にまで導き、今ではご自身の研究のかたわら、若きロボットエンジニアたちの支援に注力している熱いお方です。

それでは早速お呼びしましょう。本日のゲストは安達波平さんからのご紹介、一般社団法人次世代ロボットエンジニア支援機構Scramble代表理事、大阪大学大学院基礎工学研究科助教の川節拓実さんです!

顔写真 (1)

川節:よろしくお願いします。「ロボっていいとも!」って素敵な企画名ですね。もう元ネタを知らない子たちも多そうですが(笑)。

コモ:たしかに……気になった方は、「笑っていいとも!」でぜひ検索してみてください(笑)。

ロボットにはほぼ無縁の子ども時代

コモ:あらためて、本日はよろしくお願いします。川節さんは、小さい頃からロボット好きなお子さんだったんですか?

川節:いえ、そんなことはなくて。よく「ガンダムとか好きなんですか?」と聞かれるんですけど、正直ああいうタイプの戦闘ロボットには、今でもあまり興味が持てなくて。周りで盛り上がれている人たちが、ちょっとうらやましいです(笑)。

コモ:僕も子どもの頃、ガンダムにはハマれなかったタイプなので、お気持ちはよくわかります。

川節:中学まではテレビゲームに夢中でしたが、プレイするのは『メタルギアソリッド』シリーズなどのアクションゲームがメインで。高専に上がるまで、ロボット関連のコンテンツや活動には、ほとんど触れていませんでした。

かといって、安達くんみたいに趣味で電子工作をやったりもしていませんでしたしね。ちょっとゲーム好きの、ふつうの小中学生だったと思います。

コモ:そんな川節さんが、奈良工業高等専門学校へ進学したのは、どんな理由が?

川節:主に2つありました。ひとつは、理系以外の授業に興味が持てなかったこと。「古文とか勉強し続けるの、興味なさすぎて絶対に無理だ……」って思ってました(笑)。

もうひとつは、ぼんやりとですが「将来はゲームを作る仕事がしたいな」と感じていたことです。プログラミングなどの経験はなかったものの、コンピュータに対しては抵抗なく、情報系の勉強なら身が入りそうだなと。

コモ:中学生ながら、とても現実的な判断をされてますねえ。

川節:それで高専の見学に行ったら、ロボットの制御システムの設計などを学べる電子制御工学科が、なんとなく面白そうだなと感じたんですよね。たぶん、学生たちが実作している様子を見て、ロボットに対するイメージが広がったからかな、と思います。

コモ:それで、ゲーム作りにつながりそうな情報工学科ではなく、電子制御工学科を選んだと。

川節:とは言え、この時点ではまだ「ロボットを作りたい、その道でやっていきたい!」という気持ちは、全然なかったです。正直、はっきりした決意があったわけではなくて、その時のノリで選んだ気がしますね。あそこで情報工学科を選んでいたら、まったく違った人生になっていたかもしれません。

現在の本職
現在は大阪大学大学院基礎工学研究科で助教を務める川節さん

軽い気持ちで入ったロボコン部、大会で舐められて“着火”

コモ:高専に入ってからは、どっぷりとロボコン部の活動に没頭されていたそうですね。入部のきっかけは?

川節:たまたま初めてクラスで友だちになった同級生が「ロボコン部の見学に行く」と言うので、それについていったんです。もともと入る気はそこまでなかったのですが、見てみたら楽しそうで、自分でもやってみたくなったんですよね。

せっかく授業でもいろいろロボットのことを習うし、ここで先輩に教えてもらいながら実践の経験を積めるのはラッキーだなとも思って、入部することにしました。

コモ:軽い興味で入ったロボコン部に、どのあたりからのめり込むようになったのでしょうか。

川節:当時の奈良高専のロボコン部はいわゆる弱小校だったんですが、私は運良く1年生の時から、大会(※NHK主催「全国高等専門学校ロボットコンテスト」)の裏方メンバーに入れてもらえたんです。選んでもらったからには頑張ろうと、一生懸命に準備を手伝って、だんだんと思い入れも強くなっていきました。

それで、いざ大会に出てみると、やっぱり全然勝てなかったんですよね。地区予選で惨敗でした。そればかりか、相手校から「奈良高専が相手だとラッキー」と思われているのが、試合の様子から分かってしまって。あ、次の試合に向けた調整に使われているんだろうな、って。

コモ:それは悔しいですね……。

川節:もうね、率直に言うと癪に触りました(笑)。いま、当時の自分たちが作っていたロボットのレベルを思うと、そう捉えられても仕方がないな、とも感じるのですが。

でも、このこっぴどく負けた経験で、何か火がついたんですよね。「大会で勝ちたい、勝てるチームに変えていきたい」と決意が固まって、そこからの学生生活はほぼ全部と言っていいほど、ロボコン部の活動に費やしました。

「丁寧につくるチーム」から「勝てるチーム」への改革

コモ:勝てるチームに変えていくために、具体的にどんなことに取り組んだのですか。

川節:先輩たちが引退して私たちの代になるまでに、ロボットの作り方の方針を段階的に変えていきました。たとえば「ゼロから設計図通りにキレイにつくること」を重視した制作プロセスだったのを、「多少の誤差を許容しながら早くつくること」に重きを置くスタイルに移行していったんです。

それまでの制作スタイルでは、加工精度をものすごく大事にしていて。穴の位置、部品の長さなども、0.05mm単位でもズレていたら作り直していたんです。でも、実際は多少ズレても、完成品は問題なく動く部分は結構多いんですよね。

コモ:たしかに、細部の作り込みに囚われすぎず、早く動くようにして競技に向けた調整に時間を割いたほうが、大会に勝てるロボットに仕上げられそうです。

川節:同じような考えで、ロボットの基盤となる回路の制作方法も変更していきました。それまでは出場する2チームで別々に、毎年ゼロから新しく作り直していたのですが、それを「両チーム共通で、今後数年間使い回す前提でユニット回路を作り込む」方針にシフトしていったんです。

たとえば、モーターの動作を制御するモータードライバなどは、どんなロボットを作るにせよ共通で重要になる回路で、最も故障率が高くて。限られたリソース、さまざまなトレードオフの要素がある中で、試作を繰り返しながら調整していくことが重要です。

それを毎年ゼロから作り直していると、試行錯誤の時間が不十分で、信頼性の低い回路しかできない。その現状をなんとか打破したかったんです。

コモ:数年の使い回しに耐えられるベースの回路となると、かなりの時間がかかりそうですね。

川節:おっしゃる通りで。みんなで協力しながら、満足のいくものが出来上がるまでには3年間ほどかかりました。

こうした改革が功を奏して、私が部を引退する年には、全国の優勝候補の一つに数えられるほどまでチームは強くなりました。残念ながら私の代では叶いませんでしたが、意志を継いだ後輩たちがその後、全国大会での優勝を成し遂げてくれたことは、今でも誇りに思っています。

コモ:いやあ、「ロボティクス界の実録スクール・ウォーズ」と言えるようなストーリーですね……って、これ「ロボっていいとも」の元ネタくらい古くて伝わりづらいたとえですね、読者の皆さんには(笑)。ともかく、お話を聞いていて胸が熱くなりました!

川節:ロボコン部で過ごした5年間は、私にとって本当にかけがえのないものです。先輩たちが大事にしてきた「ゼロからつくることを楽しむ」という文化を損ねてまで、大会で勝つことにこだわるのか……組織を変えていく上で、仲間たちとは何度も議論を重ねましたし、それこそ喧嘩になることもありましたね。

でも、腹を割って徹底的に対話をしたからこそ、チームとしての団結力が強まったし、望んだ結果も得ることができた。ここで培った経験は、今のScrambleでの活動にも大いに生きているなと感じています。

ソフトロボティクスの道に、その背景には「人間すごい」

コモ:現在は大阪大学大学院で、柔軟触覚センサーを中心としたソフトロボティクスの分野の研究を専門にされていますね。そこに至るまでの過程について、お伺いしてもいいでしょうか。

川節:高専卒業後は、就職の選択肢もあったのですが、普通に社会に出て働くイメージが全然持てなくて(笑)。ロボコン部でロボットのことに打ち込んできたので、せっかくならもっとこの道を究めてみようと、院進することに決めたんです。

ソフトロボティクスの分野に進んだ背景については、それまでロボットの制作に携わってきた過程で「なんで人間にとって当たり前にできることが、ロボットにやらせようとするとこんなにも難しいんだろう」という気持ちが膨らんでいまして。

コモ:そうですよね。特に知覚や認知の仕組みなどは、工学的に解明すべき要素になっていないことが、まだまだたくさんあると思います。

川節:その思いがだんだんと「人ってめちゃくちゃすごいんだな」「私たちは結局、どのように世界を感知しているんだろう?」という、人間のセンシングへの興味に変わっていったんです。

そして、感覚の中でも特にロボットでの再現が難しいのが、触覚を司る機能なんです。触覚は、あまり感覚器官の発達していない生物でも大抵持っているもので、個人的には「最も原始的なセンサー」だと捉えています。

触覚の仕組みを探求することで、人間のセンシングのからくりが明らかになるのでは……という期待が、私を現在の研究領域に導いてくれました。

触覚センサ
研究する「柔軟触覚センサー」

Scrambleで、ロボコンに懸ける学生たちを支えたい

コモ:先ほど少し話にも出てきましたが、川節さんが代表を務めているScramble(一般社団法人次世代ロボットエンジニア支援機構)のお話も、ぜひ聞かせてください。この社団法人は、どのようなきっかけで立ち上げられたのですか。

川節:Scrambleはもともと、高専卒業後に仲間内でロボコンに参加するために、2017年に立ち上げた団体でした。高専の時にロボコンを縁に仲良くなった友人たちが、就職後しばらくして「会社じゃなかなかやりたいことができない……好きにロボットをつくりたい……」と口々と言っていて(笑)、じゃあ有志で集まってやろうか、という流れになって。

その有志の募集を仲間がTwitterでシェアしてみたら、社会人だけじゃなくて大学生や高専生も集まってきてくれたんですね。実際に、学校の壁を越えて大人も学生もごちゃまぜになって、一緒に議論をしながらロボットづくりをしてみると「これはとてもいい教育になるな」と感じました。

コモ:素敵ですねえ。

ロボット教室 (2)

川節:社団法人化を検討する契機は、2018年頃の年末あたりのことです。中国のドローン開発の大手DJI社が主催する「RoboMaster」という大規模なロボコンがあるのですが、これが教育的にもよく設計された、とてもいいプログラムでして。そこへの参加を奈良高専のロボコン部の後輩たちに勧めてみたんです。

ただ、彼らの回答は「すごく興味はあるけど、現状では難しい」と。よくよく話を聞いてみると、私が高専にいた時よりも、予算や時間の面でいろいろな障壁が増えているなと感じました。

せっかくモチベーションがあるのに、学生自身ではどうにもできない制約によって、やりたいことがやりきれないのは、とてももったいない。そういう学生を応援したり、バックアップしたりする組織が、当時の日本にはほとんどありませんでした。「だったら、自分たちが担えばいい」と思い立ち、仲間たちと相談しながら、チームの社団法人化を進めていきました。

コモ:法人化する狙いは、どのようなところに?

川節:いろいろと理由はありましたが、最も大きな要素は、予算集めの都合ですね。スポンサー企業からの寄付を受け付けよう思っていろいろ調べたり人に聞くと「日本では税制上、任意団体で寄付を受けるのは難しい」とわかって。継続的な支援の基盤をちゃんとつくるのなら、しっかりと法人としての枠組みを整えるべきだなと思ったんです。

コモ:現在、Scrambleでは学生向けにどのような支援をしているのでしょうか。

川節:主に、国際的なロボコンに出場するためのScramble所属チームに製作費の助成、製作スペースの提供や、さまざまなロボコンに出場している国内の学生チームを対象に、製作費の公募助成などを実施しています。それと合わせて、ロボコン関係者以外の学生や子ども、ロボット初心者に向けた勉強会やワークショップの企画も手がけています。

日本のものづくりを担う次世代のエンジニアの芽を育て、業界全体の活性化に寄与できるように、これからScrambleの活動の幅は、より広げていきたいなと思っています。

学校では得られない学びが、ここにある

Scrambleチームの活動2 (1)

コモ:Scramble立ち上げの経緯、すごく意義深いなと感じながら聞いていました。2020年に社団法人化して約2年ほど経ちますが、ここまでの活動にどのような手応えを感じていますか。

川節:学校外で「やりたいことに打ち込める学びの場」を提供できていることには、大きな価値を生めている実感がありますね。

今、全国的に中高生の部活動が縮小傾向にあるんです。それは、これまで先生が働きすぎていた状況に対する改善でもあるので、健全な変化とも言えます。

コモ:たしかにそうですね。

川節:ただ、ことロボコン部においては、本気で取り組もうと思えば思うほど、やはり時間もお金もかかります。そこを補填できる外部団体として、Scrambleがロボコン界隈に認知され、機能し始めてきて、頼られる機会が増えてきたことは、素直に嬉しいですね。

また、Scrambleに所属している学生さんたちには、スポンサーへの提案に同行してもらったり、組織運営についての課題やアイデア出しを一緒にやってもらったりしていて。ロボットづくりだけに留まらない、社会で生きる実践知を学べる機会も提供できているのではないかな、と思っています。

コモ:それはとても尊いことですね。学校内のアクティビティでは、大人と一緒に行動したり議論したりする機会って、そうそうないですもんね。

川節:そうなんですよ。閉じられた環境ではなかなか繋がれない、社会で活躍する先輩の背中を見るだけでも学べることはたくさんあるはずです。逆に大人たちも、学生の柔軟な思考に刺激をもらうことも多々ありますね。

コミュニティ内にさまざまなレイヤーの仲間たちがいて、同じ目標に向かって一緒に協働している――こうした環境下で生まれる教育的な価値を、今ひしひしと実感しています。

Scrambleジュニアチーム4 (2)
Scrambleジュニアチーム3 (1)

「やりたいことを諦めなくていい社会」を目指して

コモ:Scrambleでの活動を続けていった先で「10年後はこういう社会になったらいいな」など思い描いているビジョンがあれば、ぜひ聞かせてください。

川節:シンプルに、エンジニアの裾野が今よりもっと広がっているといいなと。科学技術やエンジニアリングに抵抗感を持つことなく、誰もが気軽にものづくりに参加できるような社会に近づいていったら、日本の産業全体がもっと盛り上がると思うんですよね。

いま、エンジニアの裾野を広げる活動の一環として、Scrambleではオリジナルのロボコンを組み込んだ教育プログラムを試作しているんです。現在、アメリカや中国などでは、国レベルでこうしたロボットエンジニアを養成するプログラム作成に注力していますが、日本ではまだまだ事例が少ないです。

コモ:先ほどお話に出てきた「RoboMaster」も、そうした国がバックアップしているプログラムのひとつなのですか。

川節:そうですね。ただ、「他国の実践例をそのまま真似すればうまくいく」とは思っていなくて。日本の学校の現状、国民性を加味してローカライズして、初めて機能するものだと捉えています。無闇に数を増やすのではなく、そのあたりの調整を綿密にやって、文化として根強く定着するようなロボコンを、これから作っていきたいです。

こうした活動の根底にあるのは、とにかく「若者がやりたいことを諦めなくていい社会」「挑戦を応援し、失敗に寛容な社会」になってほしい、という願いなんですよね。これからもScrambleでの支援や教育を通して、社会のものづくりに対するリテラシーを高め、新たな才能の芽がすくすくと育つ土壌を耕し、守れるように力を尽くしていきたいと思っています。

コモ:川節さんの熱意、胸に響きました……! 私たちUnityにも何かお手伝いできそうなことがあれば、ぜひ協力させてください!

さ〜て、次回のお友達はー?

コモ:大変名残り惜しいのですが、終わりの時間がやってきてしまいました。最後は恒例の「お友達紹介」です。川節さん、どなたをご紹介していただけますでしょうか?

川節:karakuri productsの松村礼央さんに、ぜひバトンをお渡しできたらと。

コモ:『攻殻機動隊』に出てくるタチコマの実機制作などで話題になっていた方ですね! 川節さんとはどのようなつながりが?

川節:高専の先輩なんです。「コミュニケーションロボットを社会に実装する」という視点で、それまで世の中に存在していなかったプロダクトを数多く開発されていて、エンジニアとしてとても尊敬しています。

コモ:ありがとうございます。松村さんに何か伝言があればぜひ!

川節:ロボットが社会に受け入れられるための、新しいからくり作り・展開を楽しみにしております。

コモ:本日のゲストは川節拓実さんでした。どうもありがとうございました!

皆様、次回もお楽しみに 😎
※これまでの「ロボっていいとも!」は、こちらからお読みいただけます!

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