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境目 第2章 探偵の疑問

7月〇日 市内某所で殺人事件が発生しました。犯人はいまだ見つかっておらず,,,

拝啓 親愛なる,,,

この自粛により我々は鬱屈な生活を余儀無くされている。冷気が漂っていた気温も生物達の起床が終わり、日差しが我々に牙を向く季節を感じさせられる。我々は日陰者のような生活を送る。この生活は休憩をしているようでストレッサーとしての役割を果たしているのだ。

灯りは我々に光を与えるのだが、同時に網膜に対して刺激を与える。この耐性には個人差が存在し、耐性が弱ければ光敏感性発作を引き起こす。この時大半の人が太陽の光に対してではなくLEDライトや白熱電球などがストレスに感じると考える。一方で太陽光は浴びる必要があるものでありストレスを与える者ではなく解放するものと考える人が多いだろう。実際人間に関わらず多くの生物が太陽と共に生活を営んできた。ポッと出の電球なんぞが彼の代替をするなんぞおこがましく実に役不足であろう。太陽の光とはそれほど重要なのだ。なのにも関わらず人間は年々この太陽からの決別を密かに宣言しているのではないかと思うほどの生活を送る。この自粛はその集大成であるという見方も出来なくないだろうか。

ただ私はこのようなことを主張するくらいなので君とは打って変わって快活な生活を好み、よく君が言うように旺盛な好奇心に支配された亡者であり、境界線を分断するような人間であるためこの生活にはなかなか順応する事が難しい。それでも世間の白眼視の対象とならないようにはしている。

とここまでは名状し難い近況報告だよ。そしてこんなしがなく廃れさせても貰えない庸才の私にこんな大層な謎を持ってきて、「名探偵」と君に言いてもらえるのは光栄だね。まあ私も探偵なのだから君の提示した謎に対してはいくつかの回答を用意したつもりだ。如何せんこれだけの情報量では一つの答えにたどり着くのは不可能に近いのだが、できるだけ君が納得でき可能性に懸けてこの答えを送ろう、ただ君が送ってきたように私が最近思うことも同時に連ねるから、これは私からのささやかな手土産とでも思ってくれ、それから最後の答えは私も信じたくない空想であるから読み飛ばしてもらっても構わない。

まずこの問題に対して解決すべき点は二つある。

まず第一にどうして来雨の刻に衣服をこの滝の中に放り出したのか。
第二にこの行動を誰が、どのように、なんのために行ったのか。

これらの謎に対して完全な答えを導き出すには、鍵が足らない。まるで白いパズルのピースを自分好みの形に変えるかのような作業になってしまうのは誠に遺憾の意を唱えたい所ではあるが、こればかりはどうしようもないのでさながら探偵小説作家のような空想を披露しよう。

まず第一の疑問にもいくつかの解答を用意することができる。まず一つ目に取り込み忘れたという可能性だ。君はこの可能性を排除したいようだが、私はこの可能性も十分にあり得ると考えられる。そもそも君がそれを見たのは雨宿りをしてから幾らか立った後であり、中に誰もいる気配がなかったのなら仕舞い忘れの可能性も十分在り得る。ただそうなればいつそこに帰り、衣服を仕舞い、どこに消えたのかは謎のままとなる。
二つ目にはあえて服を雨に晒したという可能性がある。君が言うように浮浪者たちが住処にした時に彼らは服を洗うことができるだろうか?況やそんなはずがない。となるとその汚れを落とすためには雨曝しにする必要があるのではないか。ただどちらにしても第二の疑問の解決に至らなければならない。そして後者においては何故晴れた後に乾かすということを怠ったのかという謎もある。

この問題は一見単純で判然たる矛盾が存在しているのだ。しかし世の中はそんなものなんだろう。だからこそ学問が存在し、私のような探求者が人の世を平然と歩くことができる。しかしながらこの世界の人間は誰であろうが何かの探求を余儀なくされる、まるで雌を探すpenguinのように。

…君はドラマツルギーという言葉を聞いたことがあるだろうか?これはゴッフマンが提唱したものだが、彼が言うには我々は時間、場所、観衆によって行動が決定される。そして自己という存在は極めてドラマチックなのだという。彼はこれを演劇に例えている。彼になぞらえて言えば我々は社会という舞台の上で、自分に寄せられた期待をもとに演技をしているに過ぎないのだ。これは我々の行動が自分の決定ではないということだ。それを裏付けるように私は今、君から探偵を期待され、それを演じている。

いやはやそんなつもりはないのは私自身が一番わかっている。(わかっているようでわかっていないのだろう)

人間は皆自分という存在について本当の意味で理解できるのだろうか。誰しも自分に対してこうあってほしいという思想がある。これがない人間は「向上心もなく大罪も元徳持たない」いまだかつてない機械に違いない。しかしこの思想というのは眼鏡に成り代わり、私達の目を曇らせる。故に自分のことは自分が一番わかっているようでわからないのだ。しかし同時に他人から見ても私のことなどわかるはずがない。他人がするのは評価であり、ジグソーパズルのようにその個人の中で私を当てはめる事しかしない。こうなった時誰が自分自身を確認できるのか。

と話が逸れたような気もするので、第二の謎についてプリンス・ザレツキーのような解決に導いてみよう。まずwhoについては君が言っていたように浮浪者達の可能性が高い。ただオカルト現象という風に片付けることだって可能だ。私は此の手の物は無視できないと思うけど、きっと君は納得しないだろう。君はそうゆう人間だ。あとはそんな急な雨だったのならばある程度風が吹いていたのだろう?その可能性だってある。しかしやはり浮浪者の可能性が一番高いだろう。他の二つは可能性こそあるが、そんな確率は万に一つもない。となるとやはり何のためには服を綺麗にするためというのが自然だろう。ではなぜ晴れた時干さなかったのか、それは簡単だ。晴れた日に外に干すと目立つからである。そこは廃屋だ。にも関わらず洗濯物が干してあるなど不自然だ。幸いなことに君は気にしない性格だろうが、その周辺に住む人は気味悪がる。警察に連絡する可能性がある。そうなるとそこに住む貉は困ってしまうという訳だ。一方雨なら外出は少ない。この時期なら猶更だ。だから服を雨曝しにする決断に至ったのだろう。

となると最大の問題はHow、どうやってこの一連の行動を行ったのかという謎だけが残る。この問題は非常に由々しい。なぜならこの謎を解決するためには不可能を可能にして説明する必要があるからだ。一つ一つ状況を整理していくと、入り口の玄関は君が見張っており、裏口は人が通ることが不可能であった。また玄関まではどうなっているかは分からないが、砂利もしくは土であったなら、足音や跫跡があるはずだ。君が目につかないということはないだろうと仮定するとアスファルトであったか、道路に玄関が面していたか、それとも人間の痕跡を残していないか。そうした条件の下、君はその廃屋に入り、誰もいないことを確認した。まるで白昼夢であったかのように。

君はお気に召さないだろうが裏口を確認したということは少なくともその裏口からは玄関の前を通ることなく外界を移動できるということだろう。きっと君は裏口が通れれば、そこを気にすることはないだろう。となると君は認めたくないだろうが、そちら側にある窓からの出入りが一番可能性が高い。
ただ君がこの可能性に気付かないわけがないのでこれで良いのかという謎こそ残るが、この情報下の中で出せる結論はこんなものだろう。

ここからは君は無理に読む必要はない。私がただ信じ難い可能性に気付いてしまったというだけだ。

7月〇日に殺人事件があったのを知っているね。それは君の家の付近で発生したというから驚きだよ。

それで一つ疑問に思ったんだよ。なんで君がこの手紙を送ってきたのか。

別に君が気まぐれで、余興として送ってくるというのは無い事ではない。実際今までもそうだったし。しかし今は外出自粛だろ?それに手紙ときた。ただでさえ出不精の君がこの事のために手紙を送ってくるなんて俄には信じがたい。だからこそ疑問に思ったんだ。君はわざわざこの手紙を送りつけてきた。まるで挑戦状かのように。

そうすると何だか気になってしまってよく見たら君は本当に買い物に行ったのか?と疑問に思ってしまったんだ。そうだね率直に言えば君がここまでの話題となった浮浪者であり、とある殺人事件の犯人ではないかという疑念が唐突に湧き出てしまったんだ。まだ理由は書けない。だが返事を待っているよ。是非私を論破してくれ、そうでなければ私は。。。

敬具 しがない迷探偵

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