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~朦朧~(『夢時代』より)

~朦朧~
 私は車に乗って居た。どこから帰って来たのか、買い物か、ドライブかわからないが、とにかく家の前へ車を停めてエンジンを付けっ放しにして居た。何か、どうしてもしなくてはならない用事が在った様子でその〝付けっ放しにされた車〟はK氏の家の前でもある私の家の前の3m道路に放置される形と成った。
 束の間でも気付かなかった様子であるが私はすぐに〝しまった…!〟と思い、先ずエンジンを切ろうと車に近寄った際に、運転席外に立ったその位置からK氏の家の一階の様子が白いカーテン越しに分かった。K氏の妻の影が、泣かずにぐったりした未だ赤ん坊の子供を胸に抱くシルエットを採って、黒い顔と胴体とを見せて私を見て居る、否睨んで居る、らしい事に私は気付く。実に奇妙で在り、子供をあやす右手はその子を抱きながらその子のお尻辺りをゆっくりパタ、パタ……、と安心させて居るが、見えないその妻の表情は、私の想像の内では怨念の無表情を付けた鬼を思わせる。私はその妻の気配を感じた途端からゾクッと背中が成り、微動だにせず〝エンジンを付けっ放しにした私〟をずっと見て居た事が、悪い予感を的中させた様にその実物を見る前から分かって居た節が在る。何か、〝もしかしたら…〟と思ったと同時にその怒涛の如く怒って居るK氏の妻の形相の存在に気付いて居た様であった。
 私は以前、まだ働いて居た頃でスカイラインに乗って居り、その買ったばかりのエンジン音の調子を楽しもうと自宅の車庫に入れて〝バナナフィッシュ〟という漫画の主人公・アッシュリンクスが車に乗って格好を付けて居た事を思い出しながらその真似をして、~時間程エンジンを付けっ放しにして居た事が在った。その頃はまだそのK氏宅の子供二人もほんの小さい赤ちゃんで、日頃からよく夜泣きをして居り、私が出して居た響き渡るエンジン音で余計にその夜は泣き喚いて居た様だった。その夜私の家に電話が入ったらしく、〝警察へ突き出しますよ!!!〟とK氏からの苦情を父が聞いて居り、私の知る処と成った。その頃の恐怖が在ったのかも知れない。私はだから未だにK氏家族とは子供以外で誰とも口を利かず(利けず)日常で顔を合わせても素通りをする程気まずい関係に成って居る。ついこの前もそんな場面は在った。その後K氏も〝これではいけない〟と思ったのか、私に(恐らく私等家族にも)体良く見せようと率先して挨拶した事が一度だけ在ったが、続かず、今ではすっかり〝もうええわ…何で儂とこがそんな気遣いせなならんねん…〟といった調子で諦めて、まるで私達家族を敵視して居る様子がある。この様な経緯が在る事から私はその時(夢の内)でも、K氏一家は、特に夜泣きで神経を惨らせた母親(Kの妻)は、張本人である私に対して積もり積もった恨みが在るのではないか、と私は勝手に思って居たのである。正直、恐ろしく、きっとこの先で何等かの仕返し、或いはもう一度気に障る様な事、何か失敗、をする様な事が在れば、包丁でも持って、或いは夜中にガソリンを撒き火を付ける、といった私達に気付かれない様な復讐さえして来るだろうという見えない恐怖を突き付けて来る様に思えた。影だけが見える薄暗いカーテン越しの妻の姿が母性を想わせる強さも在って、ゆら~…っと突っ立って居る姿が恐怖の印象だった。私は早く謝らねばとして車から離れようとするがなかなか足取りが重く、車横の地面に足がくっ付く感じを覚えて動けなかった。その時の天気も覚えて居らず、それ程私は焦って居たのかも知れない。K氏は会釈しながら小坊主の様に作り笑いをして、そうした私に近寄って来たが、しかし何を喋ったのか覚えちゃ居ない。そそくさと時を過ごす間もなく、どこかへ消えて行った。
 次の瞬間、私は妻とぬるい川に居た。真夏の陽が差す川で流れはなく、枯れ草の様な茶色い黄色い雑草、背の高い草が、うっとうしい位に生えて居る。川原で私はその妻と何か良い仲に成って居た。妻は今後の事や何かを私に相談して居た様で、妻の容姿はキャリアウーマンの様に若く、グレイのスーツを着て居り生々しい生気が在った。一歩違えば直ぐ様不倫にでも持ち込めそう、持ち込まれそうな男女の勢いがはっきりと又仄かに在り、それでも落ち着いた様子で、私は時を掛けてその妻と喋り始めて居た。周りには妻も私も知って居る様な懐かしくも余り知らない子供、青年達が居り、私達を横目に川で戯れて居た。
 又、次の瞬間、私達は仲良く成ったのか、ビルの様な家屋に居た。腰掛け程度にそこに居る事はわかっちゃ居たが、それでも活気が在り、妻と私は徐々にお互い好意を持ち始めた様子である。バーベキューの様な事を家屋内と外でして居り、変わらず周りで子供・青年が戯れて居る。その子供・青年達は余り私達に関わって来ない様子だった。
 妻に頬を擦り寄せられた。私が恐らくビルの様な家屋一階から外に横着して出ようとした際である。私は興奮して勃起して居た。「ちんちん勃起させないでいーから」と笑いながらも傷付く様な事を私は妻に言われ、私は〝あわよくば見えるパラダイス〟が急に近く成った様に感じ、妻を本気で好きに成り始めた。肉体と精神を狙った深い煩悩の様なものが在った。頭を掻き掻き私は苦笑して妻の顔をじぃっと見詰め、妻は私をそれ程包容してはくれなかったが、以前よりは確実に関係が進展した様子であった。私は妻を滅茶苦茶に抱きたかった。抱いて居る間にこれ迄の諍(いさか)いをも呑み込んで、〝妻の恐怖〟から逃れる事を図って居た様で在った。怖い物を自分の懐に入れて仲間として手懐ける、あれである。しかし妻はそんな私を許して居た様であり、その事については何も言わない。あれからずっとK氏は出て来ず、抱いて居た子供も二つ上の子供も一向に現れず、私と妻だけの空間が確立されて居た様子が在る。
 外へ出ると、東海道を想わせる〝歴史街道〟の雰囲気と、又、少々懐かしくも寂しい山道の様な風景と情景が在る道へ出て、私はてくてく右から左へ道を歩いて行く。二つ目の老人施設で共に働いて居たW(初老の女)が、自分の家なのか店なのか所有して居る小さな製造所の様な所で、塩を鷲掴みで一杯塗りたくって居るのに殆ど塩味がしない漬物を作って居た。私がその前を通ると軽く会釈の様な事はするが、それ以上の接近はしなかった。私は少し、寂しく感じて居た。
 Wはそれまで私達が居た空間とは確立された別の空間に居た様であって私は時折鼻を啜りながら、Wの麺を打つ様に作る漬物生成を眺めて居る。初秋を思わせる風が吹いて、オレンジ色をした山の紅葉には、冬に襲われる秋の間だけの冒険が怖がりながらもその生気を一杯に活躍させて踊って居る、妖精が居る様だった。枯れ葉から、様々な自然の物事が映る朝露の一滴が落ちて又地面に染み込んで行くのを確認した後、私は目が覚めた。


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