見出し画像

料理とは、客前で人を笑わせること

突然ですが、あなたは無名のお笑い芸人です。
目の前には1枚の台本。今から舞台に上がって、観客のお客さんを笑わせてください。

──こう言われたら、どんな気持ちになるだろう。

実はこのシチュエーション、初めての料理を作るときによく似ていると思う。料理の経験が少ない人にとって、料理とはそもそも無謀なチャレンジなのだ。

まずはこの前提を知ってもらった上で、話を進めていきたい。

僕には料理の師匠がいる

僕は「焼く」か「炒める」しかできない料理初心者だ。それに、レシピがないと何も作れない。考えてもアイデアは降りて来ないので、「人参 レシピ」のように食材名で検索して作る料理を決める日々を送っている。

そんな僕は、栄養大学を卒業した彼女と一緒に暮らしている。食の基礎知識が備わっている彼女は、いつもバランスの取れた料理を作ってくれる。本当に頭が上がらない。僕は心の中で、彼女を「料理の師匠」だと尊敬している。

レシピ通りにしか作れない僕は、几帳面な性格なので「料理に向いてる」と師匠から評価されている。だが最近、上手く作れなかったことが何度かあった。それはレシピ通りにしか作れない僕が陥りがちなミスだった。

4人前のレシピを2人前だけ作るときに水の量を単純計算で半分にしてしまったり、硬い野菜から先に炒めるべきなのにレシピ通りに調理して結果的にまだ柔らかくなっていなかったり。

致命的な失敗ではないものの、僕は料理の難しさ感じていた。そんな話を彼女と話していると、僕がレシピを信用し過ぎているという問題があることが分かった。

このとき、この状況は何かによく似ているなと思った。それが、「お笑い」だったのだ。

レシピ=台本、食材=客層

料理とはレシピ通りに作れば、誰でも簡単にできるものだと勘違いしていた。お笑いに喩えてみると、料理の難しさや奥深さが個人的に理解しやすくなったので、紹介したいと思う。

※なぜ「お笑い」なのか、それは僕が大のお笑い好きだからだ。もしかすると、お笑いに詳しくない人にとっては、取っ付きにくい喩えかもしれない。イメージがわきにくい人は「落語」「演劇」だと考えてもらってもOKです。

料理にまつわる要素をお笑いに喩えてみた。

・レシピ = 台本(ネタ)
・手際 = 間の取り方
・食材 = 客層

まず、レシピは台本(ネタ)に喩えられる。台本通りにセリフを読み上げても、お客さんは笑ってくれない。どういう意図で、どこに笑えるポイントがあるかを表現しないとおもしろさは伝わらないからだ。あらかじめ台本を事前に読み込んで内容を理解することが必要だ。

料理の手際の良さは、お笑いで喩えると「間の取り方」に近い。聞いている人を諭すようにゆっくりと語りかけるのか、それとも緊迫感を持って勢いよくまくし立てるのか。話すスピードや息継ぎのタイミングでおもしろさは変わってくる。

実際の料理では手際の良さが、最終的な味の決め手になることもあるだろう。調理の途中に手間取ると焦げてしまったり、熱々の料理はだんだん冷めてしまったりする。それに2品以上作る場合の工程は、たいていレシピに載ってないので、時間配分は自分で工夫するしかない。

食材の状態は、客層に喩えられる。お客さんに若い年齢層が多いときと、ご高齢の方が多いときでは、話し方を変える必要があるだろう。料理でも同じように、食材の状態を見極めることが大切だ。レシピには牛肉と書いてあっても家に豚肉しかない場合もあれば、じゃがいもを買ってきたつもりが「新じゃがいも」を買ってきてしまう場合もあるだろう。食材によって、茹で時間や炒める時間を微妙に調節する必要がある。あいにく、それはレシピに載っていない。

このように、料理とお笑いには共通点が多い。

素人が舞台に立ってお客さんを笑わせることの難しさを想像すると、料理の難しさが伝わりやすいのではないかと思う。

台本通りに話せばいいのではなく、その場その場で臨機応変に振る舞いを変えないといけないのである。

繰り返しになるが、レシピは台本でしかない。台本に書かれている「おもしろさ」をいかに表現するか、それが料理だと僕は理解している。

レシピはあくまで料理を作る上でベースの手がかりでしかない。どんな料理を作りたいのか、ちゃんと食材は揃っているか、事前に頭の中でシュミレーションしておくことが大切なのだ。

料理で誰を幸せにしたいのか

レシピに頼り過ぎずに、おいしい料理を作るためには何を意識すればいいのだろうか。

彼女に聞いてみると、「目的をどこに定めるかで、考え方は大きく変わってくる」という。

彼女いわく、料理の目的は大きく2つに分けられる。料理で「自分を幸せにしたいのか」、それとも「他人を幸せにしたいのか」。

たとえば、一人暮らしをしている人は、自分のために美味しい料理を作りたい、というモチベーションをお持ちの方が多いのではないか。

また、家族やパートナーと暮らしている方は、食べてくれる人に喜んでもらたくて料理をしている人が多いのではないかと想像する。

2つそれぞれの目的に対して、具体的に何を意識すればいいか、彼女に答えてもらった。

・「自己満足」= 味の公式を見つける
・「他者満足」= 味の感想を聞いてみる

味の公式を見つける

「料理とは科学だ。美味しいかどうかは、味の組み合わせで決まる」

これは彼女の口癖だ。

「おいしい味にするために何が必要なのか」、彼女が描いているイメージを図にしてみた。

画像2

◎味の基本:塩味・旨味
◯まあまあ大事:甘味・酸味
△お好みで:辛味・苦味

味の種類には、「塩味、旨味、甘味、酸味、苦味」の五味があると言われている。

彼女いわく、おいしい料理に欠かせないのが、塩味・旨味だという。これがないと人は食べ物をおいしく感じられない、とのこと。

次に「まあまあ必要」なのが、酸味・甘味。なくてもいいけど、香りやスパイスとして辛味・苦味があってもいいらしい。つまりは、塩味と旨味さえあれば、人は食べ物をおいしく感じるようだ。

具体的にいうと、たとえば、肉には旨味が元々含まれているので、焼くだけでも美味しくなる。だが野菜には旨味がないので、だしやニンニクなどで旨味を足してあげないといけない。

料理を何品か作るときは、それぞれ味のタイプを変えるといあらしい。全部が同じ味だと飽きてしまうから、味に変化をつけてあげると食べやすくなる。3品作るとしたら、塩味の品、甘味の品、酸味の品のような感じ。たしかに思い返してみると、給食のメニューで3、4品のおかずが全て同じ味だったことは記憶にない。

何度も料理を作っていると、こうした自分なりの「味の公式」に気づくことができるはず、と彼女はいう。

とは言っても、味の感じ方は十人十色。人それぞれ違うだろう。僕のように辛い食べ物が苦手な人もいれば、激辛料理が好きな人もいる。

だから、料理で特定の人に喜んでもらいたい場合は、「その人に、味の感想を聞いてみるのがいちばん良い」と彼女は語る。自分の評価とは違った、味の感じ方を知ることができる。

自分以外の人に喜んでもらうためには、その人がどんな味をおいしいと感じるのかを知っておくことが重要、というのは僕にもとてもよく分かる。

どうやら彼女も、彼女が作った料理を僕がどう感じているか、これまでいろいろと質問して探ってくれていたようだ。

彼女によると、最初の頃は「難しい」「分からない」「食べられない」と料理を理解する気もない浅はかなコメントを僕はしていたらしい。恥ずかしさしかない。

それがだんだんと「味の複雑さを感じる」「◯◯の味がする」と的確にコメントするようになったらしい。どうやら僕は彼女の料理を食べ、彼女と料理ついて言葉を交わすうちに、食リポのコメント力が上がっていたようだ。

料理はそもそも難しい、だから楽しい

初舞台から大爆笑が取れるお笑い芸人は存在しないだろう。多くのお笑い芸人たちは下積みで全くウケない時代を経験してから、何年も腕を磨いて世の中に頭角を現すものだ。

それは料理も同じ。初心者が失敗するのは当たり前。何度も試していくうちに、味の成り立ちを理解していくのだと思う。そして経験を積んだ先に、食べてくれる人の笑顔が待っている。

理想をいうと、冷蔵庫に残っている食材をさっと見て、レシピも見ずに短時間でバランスの取れた料理を作れるようになりたい。もしくは、スーパーで安くなっている商品を見て、すぐにレシピをひらめいてみたい。

いつかそうなる日を夢見て、先人たちが残してくれたレシピを頼りに様々な料理を作りながら、料理の腕を磨いていきたいと思う。

最後に改めて。料理はそもそも難しいもの。だからこそ、奥が深くて楽しいのだと僕は思う。

また読みにきてもらえたらうれしいです。