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【短編】何者でもない私、ただのラット

「美紀はいいよね、何もしないでも男が寄ってくるもんね」

目の前で酔っ払ってる彼女の色っぽい仕草を見てそんな言葉が漏れていた。敗北宣言みたいで、言ったことをすぐ後悔した。

1ヶ月前、私たちは飲みの席でマッチングアプリを同時に始めた。完全にその場のノリだった。

美紀は大学時代からの親友。その頃から「男友達から告白されてウザい」と羨ましい愚痴を度々聞かされていた。無意識に私のことを煽ってくるのだが、表裏がないのが彼女のいいところだ。

美紀は"試合開始"してから1週間も経たないうちに、相手からLikeされた数が上限に達した。

彼女のアプリを見せてもらうと、光に集まる小さな虫のようにリアルタイムに無数のメッセージが送られてくる。正直、気味が悪かった。

私は美紀ほど顔は整ってはいないものの、中の上の部類だと自覚している。学生時代もそこそこモテた。でも薄い唇がコンプレックスなので、口元を隠した画像をプロフィール写真に載せている。

人並みにマッチはするが、終わっているメンツしかいない。自己顕示欲を履き違えた野郎ども。

この前、知性を感じたので会ってみた弁護士の男は、自分がいかに人見知りから今の成功を手に入れたかを熱弁されて聞き役に回るしかなかった。

仕事での成功と人間としての成熟は相関しないのだなと身を持って学んだ。


私の仕事が忙しく、2ヶ月ぶりに美紀とランチしたときにこんな話になった。

「マッチした相手にハナから期待してないんだよね」

六法全書ほどのサイズがあるハンバーガーを頬張りながら、めんどくそうに美紀が呟く。

「むしろ、ちょっと馬鹿にしてるくらい」と続ける。私は、ぽかーんと口を開けたまま黙ってそれを聞いていた。

私はというと相手に期待しまくっていた。なんなら結婚相手を探す勢いで真剣に取り組んでいた。今から考えるとすっごくダサい。アラサーになってから彼氏ができず、かなり焦っていた。


私はマッチした相手と適当にやりとりをして、雰囲気のいいイケメンと適当に寝た。

快楽に浸るより、怠惰な時間が経過していくのを味わうのが心地良かった。そうして、時計の針を眺めているうちに男が私で満足する。そんなパターンを繰り返して、次第にそれにも慣れてきた。

「次に出会う男はどんな人だろう?」とまだ会う約束もしてないのに想像が働く自分は、実験施設の中でくるくる回って走るラットと同じだ。

走っても走っても、その先には何もないー。


数ヶ月後、美紀はハイグレードの婚活サイトで知り合ったという41歳の会社経営者と付き合い始めた。

件のマッチングアプリは既にアンインストールしたという。競争は読み通り、私の完敗に終わった。最初からとっくに勝負は見えていたのだが。

30歳の大台に乗る前にいい人見つかればいいな、そんな甘い妄想をする自分にもだんだん嫌気が差してきた。

2年前から通っている全身脱毛も、月1で行ってるエステも一体誰のためにやっているんだろう。だんだん情けなくなってくる。

「合コンに来ない人・マッチングアプリをしてない人がタイプなんです〜笑」。そんなことを冗談で口走ってみたりもする。

そんな人は一体どこで何してるんだ。姿を晒せ。隠れてないで出てこい。私とは交わらない世界にひっそり生きているのか。そんな馬鹿な。


人間も水をあげないと枯れていく。植物と同様に、人間もまた生き物なのだった。

バリキャリを突き進み、現在も独り身の先輩(女性・42歳)を見ているとヒヤヒヤする。

「いいひと見つかったらいいですねー」なんて、心にも思ってない適当な相槌でいつもその場を誤魔化す。心で明日は我が身だと噛み締めて眠る。

イケメンを召喚できるサブスクがあればいいのに。そんなことしても、心の隙間は埋まらないことは分かっている。イケメンは一種の麻薬だ。

今夜もそんなだらしない私のことは酒が全て解決してくれる。酒豪であればカッコいいが、最近ほろ酔い2杯でふらふらになる様だ。ダサいな私。

「幸せって何だろう?」、哲学者が考えるような抽象的でありふれた問いが頭に浮かんできた。

それを自分の頭の小さな脳みその隅っこで考えているふりをしながら、今日もマッチングアプリでイケメンを右にスワイプしていく。

時計の針が0時を過ぎる。月が微かな光を放って東京の街を照らしていた。


また読みにきてもらえたらうれしいです。