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金の麦、銀の月(6)

第五話 文化祭二日目

朝、夜勤の父と入れ替わる様に早めに家を出た。急ぐのには理由があった。朝一番で演劇サークル公演の整理券が配られるのだ。文化祭でも人気の高い演劇サークルの公演は、一般のお客さんの席確保のために学生の席は全て整理券で管理されている。整理券がなければ、体育館後方で立ち見をするしかない。

途中でサークルの友人・堀と合流し、整理券配布会場に向かうとすでに二十人ほどが並んでいた。整理券は五十枚ほどと聞いていたから、まずまずの着順だろう。列に近づくと、こちらに手を振る人影があった。よく見ると、上田先輩だった。慌てて会釈をすると手を振り返してくれた。連れの人に何やら話すと、にこにことこちらへ駆け寄ってきた。

「中原ちゃん!堀ちゃん!おはよう!二人とも演劇部の整理券?」

頷くと、先輩は目を輝かせた。

「もしかして、演劇とかミュージカル好きやったりする?」

もう一度頷くと、先輩の目が一層輝いた。

「え〜!そうなんや!私も好きなんよ。新歓の時にもっと二人に話聞いとけばよかった~!・・・ってごめんごめん!知った顔だったから嬉しくて呼び止めちゃった!まだ二十人くらいしか並んどらんし、全然取れるよ!」

また演劇の話しような~、といって先輩は小走りに列へ戻っていった。

上田先輩は高校まで運動部だったこともあり、文化部とは思えない快活さがある。新歓の時も、かなりたくさん話した記憶がある。今のサークルの明るい雰囲気は全部上田先輩から来ているんじゃないだろうかと思いつつ、私は堀と二人列に並んだ。

堀とはゼミが同じで、入学式直後の演劇サークルの公演も一緒に見に行った仲だ。少し毒のあるしゃべり方をする友人だが、物事を冷静に見ているからであって、はっきりと感情を伝えられない私にしてみれば、うらやましい限りだった。

「上田先輩も演劇好きだったんだ~!ちょっと意外かも。」

堀もうん、と頷いて私を見上げた。

「わかる。演劇とかってよりは、日替わりでいろんなスポーツやってそう。」

私もうんうんと頷いた。聞くところによると、運動部の人数合わせの助っ人にも呼ばれるくらいには運動神経が抜群らしい。少し運動音痴の気のある私と堀には逆立ちしても無理だ。なんて軽口を言いあっていると、私たちの後ろにも続々と人が並び始めた。

「すごいね。けっこう並ぶよって聞いてはいたけど、もう五十人は超えてるよね。」

堀はぴょんぴょんと飛びながら後ろを伺う。普段はクールな堀だが今日はいつもより気分が高揚しているらしかった。かくいう私も、内心は堀と一緒に飛び跳ねていたけれど。

並ぶこと三十分、無事に整理券を手に入れた私と堀は午後の開演時間まで構内を歩き回ることにした。ゼミの先輩の出し物や、他のサークルや部活の屋台など、お誘いの声もかかっていた。一日目の屋台は夕方になると品切れも多くなってくる。午後一番に演劇を見に行く私たちは今のうちにやたいを回っておかないと、食いはぐれてしまう。

私と堀は右手に焼き鳥、左手にわたがしなんかを持って屋台を思う存分堪能した。

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◈主人公◈

中原美月(なかはら・みづき) 
26歳 会社員・作家
ペンネーム 月野つき
大学時代のサークル 文芸サークル

佐野穂高(さの・ほだか)
27歳 作家・ライター
ペンネーム 穂高麦人
大学時代のサークル 演劇サークル

◈登場人物◈

美月の父
55歳 看護師

上田先輩

22歳(当時)
所属サークル 文芸サークル


18歳(当時)
所属サークル 文芸サークル


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