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【ショートショート】忘レ袋

最寄り駅の近くにあるこじんまりしたガラクタ屋で、「忘レ袋」と書かれたボロボロの小さな麻袋を見つけた。なんとなく気になって、手に取ってあれこれひっくり返して見てみたが、どこにも値札がない。奥でふんぞり返って新聞を読んでいる主人に聞くと、こちらに見向きもせず、指を三本立てて見せた。
切り出した木の板をそのまま横たえたような大きな木のカウンターに千円札を三枚置くと、主人は千円だけ抜いて小銭をバラバラとカウンターに置いた。五百円玉が一枚と百円玉が二枚。どうやらさっきの三本指は三百円ということらしい。お札と小銭を胸ポケットにしまい、主人におおきにと声をかけたがやはり新聞から顔を上げない。左手をあげ軽くひらひらと数回振ると、また新聞に隠れてしまった。

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家に帰ると早速、さっき買ってきた「忘レ袋」で遊ぶことにした。

ボロボロの忘レ袋を開けると、中から信じられないほどピカピカな紙切れが一枚出てきた。使い方は特に聞かされた訳では無いが、何故かひらめいた。この紙に忘れたいものを書いて、この袋に入れれば忘れられるのだろうと。

しばらく思案して、「昨日」と書くことにした。
昨日はパチンコで大負けしたあげく、帰りの電車代が入った財布をスられるという、全くついていない日だった。忘れてしまっても支障はない。むしろ、忘れた方が気持ちよく寝られるに違いなかった。

そうとなれば善は急げだ。

早速ピカピカの紙に「昨日」と書いて、忘レ袋に入れて口ひもを縛った。しばらく待ってみたが、特に何も起きない。仕方なく袋から紙切れを取りだしてみると、買った時と寸分たがわぬピカピカの紙が出てきた。何を書いたか思い出そうとしたが、さっぱり思い出せない。この紙に何かを書いて、袋に入れたことは覚えているが、そのことを考えるとなんとなく頭の中がぼやっとする。でも、不思議と気分は良かった。

気分がいいついでに面白いことを思いついた。
「今日」を忘れたらどうなる?

自分の思いつきに惚れ惚れしつつ、ピカピカの紙に「今日」と走り書いた。少しドキドキしながら、紙を入れて口ひもを縛った。

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見慣れた机の上に、奇妙なボロボロの袋がある。
袋には、黒く太い字で「忘レ袋」と書かれていた。

なぜこれが目の前にあるのか分からないが、自分に必要なものとは到底思えなかった。土埃にまみれ、ひどく汚れた袋だった。指先で紐をつまむとポイとゴミ箱へ放った。

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次の日の仕事帰り、最寄りの駅の近くにあるこじんまりしたガラクタ屋に立ち寄った。
そぞろにガラクタを眺めていると、「忘レ袋」と書かれたボロボロの小さな麻袋を見つけた。

これは…昨晩捨てたはずの袋…?

気になって、手に取ってあれこれ見てみたが、間違いなく昨晩捨てたあの袋だった。不思議だ。少しワクワクして手に持った袋を見つめた。しかし、この店のガラクタの中でなぜかこの袋だけ値札がない。奥でふんぞり返って新聞を読んでいる主人に聞くと、こちらに見向きもせず、指を四本立てて見せた。



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