絶対に三億円がもらえる世界

○月□日

 今日、買い物に出掛けたら、見知らぬ老人が突然わたしに大きな紙袋を押しつけてきて、
「なにがどうでも、これだけは必ず、あんたにもらってもらわねばならん」
 と言ってきた。袋は三つあり、ずっしりと重く、持ち上げることすら困難だった。どう考えても犯罪のニオイしかしないので、いらんもらえの押し問答になり、挙げ句、老人の言うことには、
「昔あんたにそっくりな女を深く傷つけ不幸にしてしまったんじゃ。償ってからでないと死ぬに死ねない。この哀れな年寄りを助けると思って、これをもらって幸せになってくれ」
 いや本人に償えよ、と言い返す隙も与えず、老人は紙袋を置いて、およそ老人らしからぬ脚力で走り去った。
「よっしゃ、これで天国行きじゃ、ざまみろ婆さん、ぐはははは」
 なんだかとても幸せそうな後ろ姿だった。しょうがないので紙袋をあけてなかをみると札束がぎっちり詰まっており、ざっと数えてみたところ、だいだい、三億円もらった。


○月□日

 今日、駅前で若い女性が不審な男性につきまとわれ困ってるように見えたので、さも知り合いのような顔をして、
「あら、お久しぶり、お元気でしたか」
 と女性の肩に軽く触れたら、思い切り不審者を見る目で睨まれてしまったうえに男性のほうがガチギレして、
「なんだ、このおばさん」
 と突き飛ばすような仕草をしたので驚いて後ずさったら、ちょうど脇を通りかかった老婦人にぶつかって転倒させてしてしまった。
 若い男女は舌打ちしながら去っていき、出来たらわたしもそうしたかったのだが、さすがに人としてそれはならんと踏みとどまり、
「だ、大丈夫ですか」
 と慌てて助け起こすと、老婦人は突然かはっと口から甘栗を吐き出して、
「あーやっととれた、ずっと喉に詰まっておりましたの、この毒甘栗が。おかげさまで命拾いいたしました、ところであなたさまは」
 言いかけて老婦人はハッとなり、こちらの顔をしげしげと覗きこむと、次第に頬をゆるめて目を輝かせ、こう続けた。
「なんてふくぶくしいお顔、これほど縁起のよいお顔を初めて見ました、あーなんまんだぶなんまんだぶ」
 両手を合わせて熱心に拝まれてしまったうえ、後でお布施と称して自宅に三億円が届けられた。情けは人のためならず。人の道を踏みはずさなくて本当によかったな。


○月□日

 今日、家にいたら突然まばゆい光に包まれて、神様が目の前にあらわれた。
「願いをひとつ叶えましょう」
 と言うので、
「三億円ください」
 と言ったら、ふふふと笑って、
「三億円で幸せになれますか」
 と問う。どうだろう、曖昧に頷くと神様は憐れみの表情を浮かべて優しく説いた。
「いいですか、人が最も幸せになれるのは愛する者を幸せにした時なのです。いま孤独で不幸ならば、なおさら人の役に立つことをしなさい。人との関わりのなかで幸福は生まれ、その副産物として豊かな暮らしがあるのです。さあ、ではもう一度ききますよ、よく考えて答えなさい、あなたの真の願いはなんですか、ひとつだけ叶えてあげましょう」
 すごく困ってしまって、真剣に考えた末、
「えーと、あ、じゃあ三億円ください」
 と答えたら神様ガチギレ。
「この罰当たりめ、金の恐ろしさを思い知るがいい、罰としてこれを与える」
 三億円もらった。


○月□日

 ふと、なにかに呼ばれた気がして玄関を開けると、まばゆい光に包まれて玄関先に宇宙人が立っていた。
「コンニチは、コンド宇宙カラ隣二越シテキマシタ、コレハお近ヅキノしるしデス」
 三億円もらった。やさしい。


○月□日 

 寒空に少女がひとり歩いていました。何も持たず、みすぼらしい格好で、何日もろくに食べていないのかガリガリに痩せこけていました。とうとう力尽きたのか道端に倒れこんでしまっても、助け起こすものは誰もいません。ただ満天の星だけが平等に人々を見下ろしているのです。少女は星に語りかけます。
「天のお星さま、わたしは、この世のなかからわたしより困ってる人を無くしたくて、わたしの持っているものならなんでも分け与え、それでも足りないぶんは寝る間も惜しんで働きました。けれど、この世のなかから困ってる人はいなくなりません。それどころかわたしには、もう与えるものが何一つないのです。天のお星さま、それで思ったのですけど、もしかして、いま一番困っているのは、わたしではないですか。もしそうならお願いです、どうかわたしのたったひとつの願いを叶えて下さい。わたしを、絶対に三億円がもらえる世界へ連れていってください」
 それを見ていたわたしは思いました。
(そこはふつうに「三億円ください」でよくないか)
 慈悲深き星々は、すべてをごらんになっていました。少女は望む世界へと旅立ち、そして私にはふつうに三億円が与えられました。いいのかな、もらっても。


○月□日

 近所の家電量販店で加湿器を購入した。福引券をくれたので、どうせ参加賞だろうと思ったけれども一応ガラガラを回してみたら、珍しいピンクの玉が出てきて、その瞬間、福引き係のおじさんの動きが止まり、さらに周囲にハッとするような緊張感と静寂が訪れて、その数秒後、陽気なサンバのリズムとともに高らかに鐘がなり、フラッシュモブが躍りだし、道行く人の顔がみな驚きと笑顔に満たされて、そりゃもうお祭り騒ぎになったんだけど、何がおこったかというと、福引きのおじさんが大声で、
「二等三億円、二等三億円がでました」
 三億円が当たった。


○月□日

 夫から離婚をきりだされた。わたしは女性として魅力のあるほうではないし、いまひとつ愛されてないなと感じていたものの、夫婦仲は悪くなかったし、それは夫も似たようなものだと思っていたから、お互い相手がいることに感謝して、末永く支えあって生きていけると信じていた。
 でも夫は新しい女性と人生をやり直したいと言う。ずっと前からわたしに不満があったそうだ。
 新しいお相手は女優みたいに綺麗で頭もよく、かつ資産家のご令嬢だという。
「彼女より不細工で彼女より頭が悪く彼女より貧乏なうえ誰からも愛されないおまえのことが気の毒でならないが、俺には何もしてやれない。黙って別れてくれ」
 と夫は言ったが、新しいお相手のほうが、
「こんな下賤な者がわたくしの夫のモト妻だなんてプライドが許せませんわ、口止め料込みで、これっぽっちのハシタ金をくれてやりますから二度とわたくしたちの前に姿を見せないであそばせ」
 と言って三億円くれた。まじか、最高かよ、ありがとう、お幸せに!


○月□日

 いきなり黒服の男たちに自宅を占拠された。
 いったい何が目的かと思ったら重たそうなアタッシュケースを次々と家のなかに運び込んで、そしてリーダーらしき男がわたしの目の前に正座して大真面目に言った。
「我々は偶然にもあなたの日記に目をとめ疑問を抱いたのです。なぜ三億という数字にこだわるのか。あなたの未来には無限の可能性があるはずです、永遠の命でも、絶世の美貌でも、世界征服でも、思い描くだけならなんだって思いのままだ。だがなぜかあなたは、たった三億しか求めない。そこに重大な意味があると我々の組織は確信したのです」
「組織」
「そこでここに十億円を用意しました。このなかから、お好きなだけ差し上げましょう、さあ、いくらお取りになりますか」
 十億円もらった。


○月□日

 突然えもいわれぬ甘い薫りに包まれて、悪魔が目の前にあらわれた。
「願いをひとつ叶えましょう」
 と言うので、
「あ、じゃあ三億円ください」
 と答えたら、妖艶にふふふと笑って甘やかすように言う。
「いいわよ、ただし、誰かひとりの不幸と引き換えよ。誰でもいいわ、誰かを不幸にすればあなたの望みが叶う。そうね、たとえば見ず知らずの歩行者を車の前に突き飛ばすの。すると突き飛ばされた者と、車のドライバー、両方を地獄へ落とすことになるわね、それであなたは六億円を手にすることができるのよ」
 口をポカンと開けていたら、大丈夫? と問われたので、
「あの、よくわかんなかったのでもう一回説明してもらっていいですか」
 と言ったら、もう一回まったく同じ説明をまったく同じようにしてくれた。いい人だ。
「わかったかしら」
「いいえ、まったく」
「どこがわからなかったのかしらね」
 イラっとした感じが伝わったので恐縮してしまった。
「あの、六億円じゃなくて三億円ですよね」
「ええ、だから三億が二人ぶんで六億もらえるって話」
「え、誰が、ドライバーが」
「ドライバーは不幸になる側でしょ」
「あ、じゃあ悪魔さんが」
「あたしはお金とかいらないから」
「え、お金いらないんですか」
「そうよ」
「だめですよ、働いたらお金はちゃんともらわないと。電気代も払えないじゃないですか」
「電気とか使わないから」
「え、じゃあスマホは」
「スマホも使わないわね」
「そんな、じゃあ検索とかどうするんですか」
「スマホって検索するために持つものなの」
「今週の注目ワードランキングとか」
「わりとどうでもいいわね、そんなことより、今はあなたのことよ、三億円が欲しくないの」
「三億円欲しいです」
「じゃあ頑張って他人を不幸にしてくるのよ」
「え、歩行者をですか」
「そうよ、歩行者じゃなくてもいいけど」
「ええっ、歩行者じゃなくてもいいんですかっ」
「そこそんなに重要かしら」
「あ、ごめんなさい、もう一回確認なんですけど、誰が」
「あなたが」
「あれ、ちょっと待ってください、わたしが不幸になって誰が三億円も払うんですか、意味なくないですか、そういうことならもう、ふつうに三億円いただけないかな」
 すると急に悪魔さんはすうっと引いていって黒いモヤモヤのなかに姿を消した。最後にかすかな呟きが聞こえた。
「ふぅ、なんだか疲れたわ、やめどきかしらね、この仕事も」
 黒いモヤモヤの消え去ったあとに何か大きな四角い塊が置かれていた。おや、お忘れ物ですよ、と呼び止めようとしたけれども、すでに気配はなく、二度と再び悪魔さんが現れることもなかった。四角い塊は札束だった。三億円拾った。


○月□日

 もっとシンプルに、なんの軋轢もなく、ただなんとなく三億円もらいたいな、と考えていたら、特別な理由もないのに、さりげなく、ふと気がついたら三億円もらえていた。そんな日があってもいい。


○月□日

 気がつくと殺風景な白い部屋に閉じ込められていた。
 そこには見知らぬ男女がわたしを含め、ちょうど十人集められていて、誰一人事態を把握していなかったが、数人の会話から、どうやら寝ている間に連れ去られてきたらしいことがわかった。すると突然天井のスピーカーからアニメのキャラクターみたいなキテレツな声がした。
「このなかで最も不幸な人に三億円をあげちゃうよ」
「ふざけるな、いったいなんのまねだ」
「そうよ、わたしたちを家に帰して」
 怒る人もいたけれど、まあまあと皆を宥めて我先にと不幸話をはじめる人もいた。
「一番不幸な人を決めないと、みんなここから出られないんじゃないですか」
 と誰かが言い出したので、一人づつ順番に不幸自慢することになった。
「三億なんてどうでもいいじゃないか、誰でもいいからはやく決めてくれ、わたしが帰らないと会社が大変なことになるんだよ」
 と騒いでいた男性に、
「トイレあっちにありましたよ」
 と教えてあげたら急に落ち着いて自分語りをはじめたり、誰かが自分は不幸だと嘆いていたら、他の誰かが、いやいやそんなに不幸じゃないですよ、と全力で否定する、というなんだか心暖まる光景が繰り広げられたり、さんざん仕事や家庭の愚痴を言ったあと、なんだかんだで自分はそんなに不幸じゃないと苦笑する人、ここぞとばかりにツバを飛ばして嫁の悪口が止まらなくなり聞くに耐えないと話を遮られてしまう人、自分の話そっちのけで政治批判をはじめる人、不幸自慢なのに途中から絶妙に我が子の学歴自慢になっちゃう人など、ちょっと面白かったのだが、そのうちわたしの番になり、何も話すことがないので困ってしまった。
「あーえーと、わたしは別に不幸じゃないですよ、辛いことや困ったことはあっても、それゆえに不幸かどうかは。そもそも不幸とは」
 そこまで言いかけて、誰もわたしの話を聞いてないことに気づいたので口を閉じた。すると我先にと話し出す人々を制するように天井のスピーカーから声が響いた。
「決めた、三億円はキミにあげちゃうよ」
 三億円もらった。なんでだ。


○月□日

 妄想なんて虚しいものだ。どんなに求めたって欲しいものは得られない。現実を見ればわかることだ、何十年と生きてきて一度だって欲しいものを手にいれたことがない。しょせんわたしは、そういう人間だ。頑張っても報われないし、頑張らなければ生きることすらままならない。だけどただひとつ、三億円への気持ちだけは真実だ。三億円だけが心の支えであり、三億円あれば他には何もいらない。三億円のためならすべてを投げ出したってかまわない。
 すると遠くから光輝く三億円がやってきて、わたしに優しく語りかけた。
「この世に存在してから今まで、これほど一途に思われたことはありません。わかりました、あなたのもとへ参りましょう、たとえこの世のすべてがあなたを裏切る日が来たとしても、わたしだけは裏切りません」
 そしていつまでも札束がハラハラと頭上から降り注いだのだった。
「ありがとう三億円、大事に使うね」
「え、使うんだ?」


○月□日

 実家からみかんが箱で届いたので隣に住んでる宇宙人さんにお裾分けにいったら、宇宙人さんはなんだか元気がなくて、一緒にこたつでみかんを食べようと言うのでお邪魔すると、みかんを食べながらため息ばかりついている。どうしたのと尋ねると、どうやらホームシックらしい。
「見た目ノセイカ警戒サレテ人間と仲良くナレマセン、環境モ違ウノデ地球二馴染メマセン」
「大丈夫ですよ、あなた立派ですよ、わたしなんか地球で生まれて何十年も地球に住んでるのに生まれてから一回も地球人に馴染んだことないんですから」
 すると宇宙人さんは黒目だけの大きな目から大粒の涙をぽたぽた落としてわたしを見た。
「アナタ可哀想。デモおかげデ元気デマシタ、感謝、お礼二これヲアゲマス、アナタモ元気ダシテね」
 三億円もらった。やさしい。


○月□日

 突然スタンド能力に目覚めた。最初に気付いたのは、背中から金色の猫の手のようなものが伸びてきてクイクイと手招きするので、なんだろうと思っていたら、全然知らない人が目の前にツカツカと寄ってきて、いきなりわたしの頭を撫でる。そしておもむろに財布を取り出して三百円くれるのだ。街を歩けば老若男女問わず次から次へと人が寄ってきて撫でては三百円払っていく。警察に相談しようかと真剣に考え始めたところで、背後のスタンドがついに姿をあらわした。
 黄金の招き猫【ゴールデンカムカム】、それがわたしのスタンド。知能は低く目的意識もない。ただ、とにかく人懐こい。わたし自身は至って人見知りなのに、いったいどうしたことだろう。
「あそんでにゃ、なでなでしてにゃ、ひとなで三百円にゃ」
 招かれると、なんぴとたりとも撫でないではいられない、そして三百円払わずにいられない。なんというセコいスタンド。三億円貯めるのに何回撫でられねばならないのか、ええと、百、万、回、だと? やれやれだぜ。


○月□日 

 ただ三億円もらうだけのことなのに意外と難しいものだなあ、税金とかどうなってんのかなこれ、などと考えていたら、本屋に『一日で簡単に三億円もらえる』という本が売ってあって、それを買ったら難しいことなど何もなく三億円もらえたうえに税金は免除され空は晴れ渡り爽やかに風は吹き蝶は舞い鳥は歌い焼き肉は食べ放題で苦手なあの人は遠くへ引っ越していった。うん、焼き肉は別に食べ放題じゃなくてもいいや、三億あるんで。


○月□日

 近所の大型スーパーに出掛けたら、ガチャポンコーナーに新しいガチャが追加されていて、よく見たら三億円ガチャ一回三百円、うん、ふつうに宝くじ。


○月□日

「あんたには覚悟ってもんがないんだよ」
 いきなり出てきた女の人にウザ絡みされた。何事もなかったことにしようと立ち去りかけたが行く手を塞がれてしまった。
「ハッ、とぼけた顔しやがって、勝負しようじゃないか、あんたとわたし、どっちが三億円手に入れるのにふさわしいか」
 何を言ってるのかよくわからないし家に帰りたかったけど壁ドンされてしまった。「なにもしないで三億もらおうだなんて考えが甘い」「あんたみたいな女が一番ムカつく」というようなことを喚きながら、めちゃくちゃ興奮してるので「その話いつ終わりますか」と聞きたかったけど黙っていた。それにつけても誰なんだ、この人は。
「え、なんとか言えよオラ、あんたみたいなゴミが三億もらって一体何しようってんだよ、言ってみな」
 初対面をゴミ呼ばわりするこの人は一体どこから来て普段何してる人なんだろう、宇宙人でももっと礼儀正しいのに、と思うと、つい深いため息が出た。
「じゃあ聞きますけど、あなたなら三億で何をするんですか」
 反撃は予期してなかったのだろう、だいぶうろたえていた。
「そ、そりゃ決まってんだろ、悪を駆逐すんだよ、あんたのような性根のたるんだ豚どもを」
 進撃のなんとかやらみたいなことを言っている。普段アニメとかばっか見てんだろうな、この人。まあ人のことは言えないが。
「それ三億でできますか」
「そんなこと、やってみなくちゃわかんねえだろうが」
「無策、と」
「な、なんだと、じゃ、じゃあ、てめえは何に使うってんだよ」
「三億あれば誰にも迷惑かけずに生きていきますよ」
「バカ野郎、誰にも迷惑かけない人間なんかいるもんか、迷惑かけたっていいんだよ」
「いや、迷惑かけてもいいとか言う人、だいたい自分が迷惑かける気満々じゃないですか。わたしは迷惑かけられるの嫌なんですよ、極力迷惑かけないようにするんで、そちらも迷惑かけないでもらえますか」
「うるせえ、だったら手始めに、あたしに迷惑かけてみろ、へっちゃらだから」
「ちょっ近い、離れて、あっちへいって」
 迷惑かけろ、やだ、あっちいけ、という意味不明な言い争いをしながら揉み合ってると、天から天使が舞い降りてきて、どうしたの、と聞くのでこれまでの経緯を説明すると、
「うーん、じゃあ両者引き分けってことで」
 とニッコリ笑って札束の雨を降らせてくれた。それでふたりとも三億円ずつもらって家に帰った。よかった。


○月□日

 おじいさんが山のてっぺんでおにぎりを食べようとしたときです。うっかり手がすべってツルンと手のなかから飛び出たおにぎりがコロコロ転がり落ちていきました。おじいさんは追いかけましたが、竹藪に迷い混んだあたりで見失ってしまいました。けれど、おにぎりはまだ転がり続けていたのです。竹藪にたくさん落ちていた札束を巻き込んで三億円に膨れ上がったおにぎりは最後の力を振り絞ってコロコロ転がり、ついにわたしの目の前で止まったのです!


○月□日

「いつも三億円三億円言ってる人って、あなたですよね」
「いいですよ、三億円あげますよ」
 家で寝てたら黒いスーツに身を包んだ謎の男女がやってきて、突然そんなことを言ったので一瞬目を輝かせたのだが、
「ただし自分以外の他の誰かのために使ってもらいます」
 というので、
「じゃあいいです」
 と断ろうとしたけれど、
「拒否権はありません」
 と黒いアタッシュケースを勝手に置いていってしまった。困ったなあと思ったけれど、仕方なく小さなアパートを建てて畑を作り行き場のない若者に住んでもらい、家賃回収するためにいろいろな相談に乗ってやり仕事を世話して働いてもらったり食堂や大浴場つくってご飯とお風呂を提供し宥めたりおだてたりしていたら、いつのまにか根拠もなく自信をつけた若い人たちが自分たちで勝手に結婚して子供がどんどん増えはじめたから仕方なく家と畑を増やし、成り行きで学校つくってショッピングセンターや病院を建てたら、さらに人が増えて街が大きくなったので独自の交通網を整備したあたりで「国家として独立しましょう」と言い出す住民が出てきて、んなアホな、と笑っていたらあれよあれよという間に国家として独立してしまい国王になった夢を見ていた。
「恐い夢見た、恐い夢見た、ずっと働いてた、休みなくずっと働いてたし絶え間なくずっと借金してた」
 寝汗びっしょりで目覚めて布団のなかでガタガタ震えていると、枕元に人の気配がする。見ると黒いスーツに身を包んだ怪しい男女がアタッシュケースを傍らに座っており。



『絶対に三億円がもらえる世界』fin.

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