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【香水小説】香はかく語りき12 Signoirina Misteriosa

毎月香水からインスピレーションを受けた短編小説を綴る本連載。
第12回目の香水はフェラガモよりSignorina Misteriosa。

https://www.ferragamo.com/shop/jpn/ja/women--10/香水/香水-ウィメンズ/-647489--10

それではどうぞ
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暗闇の中にいた。
全ての肌が何かに触れていて、生暖かい。
しかし、何もわからない。
ただ、もったりとした重さが全身に寄りかかってきて、身体ごと後退しているように感じる。
生暖かさがゆっくりと背中を這い、脇腹を通り、あばらに沿って中心を目指し、離れていく。
抗うこともできないし、抗おうとも思わない。
自分は全てを諦めたことを思い出した。

落ち着く。
少し抵抗を感じる。
自分はこれまで落ち着くことを恐れていた。
雑然とした感情に誤魔化されていた核が剥き出しになるような気がした。
それでも今は痛いほどの静寂が鼓膜で響いて、誤魔化し方を思い出せない。
直視するのを避けていたそれが遠くからにじりよってくる。

不安。
あれは不安だ。
最も恐れ、誤魔化し、避けてきた感情に、今初めて目を向けた。
自分はずっと不安だったのだ。
この世界にいることも、他人と関わることも、不安な自分を知ることも。

その瞬間、生温さが一瞬鋭さを持って全身を貫いた。
痛い、と思う間も無く、まばゆさが押し寄せる。
遠のく意識の中で、不安の輪郭だけがはっきりと感じられた。

これを求めていたんだ。
そう思った。

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