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『コンビニエンス・ラブ』書評|矛盾とともにある“アイドル”について今こそ考える本(評者:西森路代)

U-NEXT先行配信中、吉川トリコさんの新作『コンビニエンス・ラブ』について、ポップカルチャーへの造詣が深いライターの西森路代さんに読んでいただきました!
《『コンビニエンス・ラブ』あらすじ》
「アーティストであって、アイドルじゃない」5人組ダンスグループGAME BREAKERSに所属する成瀬愛生(通称:アッキー)はそんなプライドを持っている。しかしファンから聞こえてくる声は、イケメンであるとか、メンバー同士のカップリングを楽しむものとか。ある日、メンバーの灰人が噂レベルのゴシップで炎上すると、より一層、推されることの現実と理想のちがいに悩むことに。そんな折、自宅近くのコンビニに勤める青木マユと知り合い、素のまま付き合える彼女に徐々に惹かれていき…。

映画『バービー』の中で、バービーと彼氏のケンの共通の友人であるアランという登場人物がいる。彼は、人間社会にふれてトキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)に染まってしまったケンについていけず、バービーたちと行動をともにしていた。

アランは劇中、「イン・シンクはみんな僕なんだ」と言っていた。そのあとさらに、「ほかの彼らも…」と続けていたところを見ると、アイドル的な人気のあるボーイバンドのメンバーは、アランのように有害な男らしさとは無縁の存在であり、また女性と行動をともにする並走者であり、そしてある種のマイノリティである、という意味がこめられているように思えた。

「ほかの彼らも」の「彼ら」には、世界中を席巻しているBTSも入ってくるだろうし、それ以外に欧米で活躍してきた歴代のボーイバンド、アイドルもそこに入ってくることだろう。

一方で、日本や韓国、東アジアの男性アイドルのありように慣れていると、「イン・シンクはみんな僕」というアランの発言は理解しづらいようにも感じる。
なぜなら日本では男性アイドルであるということが、「トキシック・マスキュリニティから距離を置いている」ということとイコールというイメージはないし、なにより東アジアには男性アイドルグループの数が多く、(それだけの理由からではないが)マイノリティでもない。多くのファンたちを魅了しているということでもある種の力を持っている。

ビジネスとして、巨大な市場と影響力を持っているから、システムに歪みも生じる。Netflixで話題の韓国ドラマ『マスクガール』でも、アイドルの練習生である男子学生が、地味な同級生と親しくなり、彼女をATM扱いするという描写もあった。

吉川トリコの新作小説『コンビニエンス・ラブ』も、まさに男性ダンスグループ(アイドル)が主人公の小説であり、上記のような人々を魅了するアイドルというシステムの矛盾点が随所に登場する。

しかし、ここ日本に住んでいて、アイドルのビジネスというものを語るときに、アイドル、運営、ファン、そしてその傍観者……と、どの立場にあっても100%健全なシステムの上に成り立っていると言える人はいないのではないかとすら思える。

人々は、ルッキズムに違和感を持ちながらも、ダンスや歌から発せられる魅力と並んで「顔」も応援する理由のひとつであると知っているし、また、射幸心を煽るビジネスの手法に憤りながらも、一方でそれに煽られキャラクターや関係性を過度に消費してしまうこともある。

ルッキズムだけではない。『コンビニエンス・ラブ』の中で、ボーイズグループGAME BREAKERSのメンバーが、女性との恋愛を報じられて、ファンから心無い誹謗中傷をSNSなどでぶつけられる様子が幾度も描かれる。当のアイドルたちは、事務所からあからさまに恋愛を禁止されているわけではない。そんなルールはないというのに、やっぱり恋愛はタブー視されているのだ。

そもそもアイドルという呼び方にしたってそうだ。本人たちは、アイドルではなくアーティストだと自称しつつも、アイドルのシステムを利用せずに、存続し続けることが難しいことを知っている。

また、あるメンバーは、ダンスや歌のパフォーマンスをただ見てもらいたいだけで、それ以外の仕事、例えばバラエティやドラマの仕事に意味を見出せないと考えているが、純粋にダンスと歌だけで人々に知ってもらえるわけではなく、現実に置き換えてみても、現時点では、そのどちらかだけを選ぶことは難しい状態にある。

ただ、メンバーには、そんな矛盾だらけのシステムの中でも、昨今のジェンダー観や社会のあり方に対してのアップデートにのっとった発言のできるものもいる。

そんな中、物語はメンバーのひとりで主人公の成瀬愛生が、当初は旧態依然とした考え方をもち、アイドルという状態に、ときに戸惑いを感じながら活動をしていたが、やがてコンビニエンス・ストアで働くヒロインの青木マユとの出会いにより、自己のアイデンティティを取り戻し、自分たちの存在が、アイドルにまとわりついているアンビバレンツな状況を突破できるはずだと希望を持つのだが……という展開となる。

読んでいる最中は、希望に満ちていて、さわやかな感覚が得られるこの小説だが、少々、理想的すぎる気もしていた。
しかし、最後まで読むと、やっぱりさわやかなだけではなかった。が、この先はネタバレになるので伏せておく。

本書はこのように、アイドルのシステムというものが、本音と建て前がごちゃ混ぜになっていて矛盾だらけで、それをどうにかごまかして成り立っているということを、思い出させてくれると同時に、エンタメ小説の醍醐味を与えてくれる。

そして、読み終わったときに、『コンビニエンス・ラブ』というタイトルが、何重にも意味が重ねられていることに気付くのだ。

西森 路代(にしもり・みちよ)
愛媛県生まれ。フリーライター。韓国映画、日本のテレビ・映画についてのインタビュー、コラムや批評を執筆。また、広くファンダム文化についても書いてきた。著作物に、『韓国ノワール その激情と成熟 』『韓国映画・ドラマ―わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』(ハン・トンヒョン氏との共著)などがある。

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