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「装幀苦行」第1回

書籍のデザイン、いわゆる装幀(装丁と表記されることが多い)をメインにされている水戸部功さんの連載が始まります。
ここで改めて紹介することでもないのですが、水戸部さんといえば、マイケル・サンデル氏の『これからの「正義」の話をしよう』に代表される、ミニマムにタイポグラフィで魅せる装幀で知られます。サンデル氏の単行本が発売になった当時のことをよく覚えていますが、水戸部インスパイア系とでもいえるような書籍が特にビジネス書に氾濫していました。過剰な意匠を施すではなく、コート紙に1色刷りは版元の懐にも優しく、ある種の“流行”となりました。
上記のタイトル以降も、昨今水戸部さんが手がけたタイトル、たとえば飛浩隆氏の『ポリフォニック・イリュージョン』、テッド・チャン氏の『息吹』を見ると、文字で魅せる装幀はなお一層先鋭化しているように思えます。
2021年には、同じくデザイナーの川名潤氏、長田年伸氏と共に編んだ『現代日本のブックデザイン史』は、先行して掲載された雑誌「アイデア」と同様、出版界を中心に話題となりました。
そんな装幀家のトップランナーである水戸部さんに、最近気になった本を挙げてもらい、「デザインとは?」「装幀とは?」を考える連載を目指します。そのため、装幀家を志望される方、本の製作現場に興味がある、もしくは現在その職に就いている方におすすめするのはもちろんなのですが、あのクールで隙のないデザインとは少しギャップのある水戸部さんのお人柄も読みどころです!
前口上が甚だ長くなり失礼しました。では、第1回の本編をどうぞ。

 装幀の苦しみについて書く、という連載を引き受けてしまった。担当のTさんと会うと、仕事に対する不満や愚痴をうまい具合に引き出されて、毎回2時間くらい延々とぼやき続ける。それを面白がってくれていたようで、このようなことになった。
 依頼としては、最近気になった他者のデザインを紹介するというもので、そこに僕がどんなことを考えて仕事をしているかが見えたらよいということだったが、正直、他者のデザインで紹介したいものなんて滅多にない。無理に褒めることも貶めることもしたくないので、他者を巻き込むのは最小限にして、デザイン業、といっても小さく狭い装幀という仕事にまつわる、あまりにも瑣末な苦しみを書き綴ることで、いつかこの苦行からの出口が見つかればと願う。

 そもそも、なぜ苦しいのか。

 本の装幀の多くは、イラストか何かあって、そこにタイトルや著者名の文字を配置するという仕事なのだが、僕はそれをせず、ほぼ文字でいくという、まず第一歩から間違った方向へ進み、さらに、

・凡庸なものにはしたくない
・装丁の手法や有り様を少しでも更新したい
・自分がやる意味のあるものになっているか

などを考える。すると仕事は終わらなくなり、設定された〆切りを越える。これが日常生活を圧迫し、しだいに追い詰められていく。

 上にあげた3つ、デザイナーなら考えて当たり前のように感じるかもしれないが、装幀という仕事にこれらの考えは邪魔になる場合が多い。
 内容に寄り添い、本を本らしく、売れそうな予感を漂わせることが装幀者の仕事で、そこはデザイナーの個性を発揮する場でも、何かを成す場でもないからだ。内容に寄り添い、売れそうな予感を漂わせつつ、個性を発揮し自分も満足するものを作れるならどうぞやってくださいということなのだけど、そんなことは最初から諦めて「らしく作る」方に振り切った方が仕事は回り、皆幸せになる。少なくとも、〆切りを越え、先方に迷惑をかけてまでやることではない。依頼され、ゲラを読んだら「どんな絵を使って」「どんな写真を使って」と考え、編集者に提案し、著者も賛同となれば、本の個性は装画で担保されるし、とても幸せな本になるはず。本来装幀者として注力すべきはそこだというのはわかっているのだが、他に上手な人がいるし、どうしても、自分がやるべきことではない気がしてしまう(単純に下手というのもある)。

 自分の思う、やるべきこと、自分のやりたいことを装幀の仕事で実現するにはどうするのか。求められることとやりたいことのギャップをどう埋めるのか。装幀で生きるということを前提にすると、非常に厄介な問題なのだけど、何は無くとも、まずは依頼が来なければ始まらない、ということになる。

・この内容なら、この人しかいないだろう、と依頼が来るようにするか
・どんな内容でも、この人なら大丈夫、と依頼が来るようにするか

 どんなジャンルのデザインでもそれはそうなのだと思うけど、目指すべきはこの2つで、もちろん両方とも難しいし、どちらも常に裏切らない仕事を続ける必要がある。運良く仕事が来て、運良く売れる本をやらせてもらえたりすると、本の刊行点数は一日に200タイトルと言われている通り業界に仕事は溢れているので、きちんとやっていれば月に10冊、20冊と増えてくるもので、自分のデザインがどうこう言う時間もなく〆切りは訪れ、少しでも立ち止まると詰むという地獄があり、また、己の力を過信し、あれはやらない、これもやらないと仕事を選んでいると、仕事がないという地獄がやってくる。ただ、この仕事がないという地獄は、自分が選んでいるからなのでまだ良くて、はなから選んでもらえない地獄というのも、当然ある。もちろんこれが一番きついわけで、これが来ないようにするために、他を寄せ付けない個性を身につけるか、どんな注文にも質高く応える力を身につける必要がある。また、模倣を基盤に生きている人もいる。精神衛生上、あまり良くないと思うが、仕事はある状態での問題なので、抜け出せるかどうかは本人次第だ。他にも地獄はそこらじゅうにあって、生き抜くのは非常に困難。
 自分ももちろん地獄真っ只中で、立ち止まりまくり、〆切りを過ぎたものも多く、迷惑をかけてばかり。(この連載も数ヶ月遅れの送稿だ。)このままでは選んでもらえない地獄もくるだろうという不安に押し潰される地獄。
とにかく、めでたく依頼が来て、装幀の仕事をしていれば幸せかというとそうではなく、そこは完全に沼で、どこを向いても地獄だったという話。さっさとやめた方がいいという声が聞こえてくるが、目指すところがあるからこその地獄。いつかは抜け出せる。と思い続けて20年……。

 今回はこの辺りで。続けられそうなら、次回、もう少し考えてみたいと思う。

 最近の良い装幀、書店で隈なく見たが、やはりない。
 目に留まったのはオールタイムベストから、中公新書。装幀は白井しらい晟一せいいち[1]。上にあげた3つの煩悩をことごとく撃ち抜く矩形の潔さに、装幀とは何か、また頭を抱える。

『日本の名著』桑原武夫 編 中央公論新社

[1]
1905年ー1983年。京都生まれ。京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)図案科卒業後、ドイツ・ハイデルベルク大学に留学、林芙美子らと交流した。帰国後、独学で建築家の道に進み、個人住宅や公共建築を手がける。代表作に長崎県佐世保市の〈親和銀行本店〉、東京都港区の〈ノアビル〉、東京都渋谷区の〈松濤美術館〉などがある。中公新書などの装丁デザインや書に取り組むなど、建築以外にも活動の場を広げた。
(なお、白井の作品群と本人に、彼を敬愛する映画監督・紀里谷和明氏が迫った「日曜美術館」(NHK)はU-NEXTでも配信している。)

本稿に登場する書籍


『これからの「正義」の話をしよう』マイケル・サンデル 著 鬼澤忍 訳 早川書房
『ポリフォニック・イリュージョン』飛浩隆 著 河出書房新社
『息吹』テッド・チャン 著 大森望 訳 早川書房
『現代日本のブックデザイン史 1996-2020』長田年伸 川名潤 水戸部功 アイデア編集部 編 誠文堂新光社

水戸部 功(みとべ・いさお)
1979年生まれ。2002年多摩美術大学卒業。在学中から装幀の仕事をはじめ、現在に至る。2011年第42回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。2021年、『現代日本のブックデザイン史 1996-2020』(川名潤、長田年伸との共著)を刊行。

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