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30歳までに読みたいお仕事小説|『レイアウトは期日までに』書評(評者:朱野帰子)

碧野圭さんの新作『レイアウトは期日までに』について、ドラマ化され話題になった『わたし、定時で帰ります。』シリーズの著者・朱野帰子さんに読んでいただきました!
《本書のあらすじ》
ひょんなことから天才装丁家・桐生きりゅうあおの元で働くことになった駆け出しのブックデザイナー・赤池あかいけめぐみ。
10代の頃からセンスあふれる装丁を手掛け、業界でも注目されていた青のことを、めぐみはずっと憧れていた。
青の元で働ける、と張り切って出社しためぐみは、1日目から夢破れる。職場にはパソコンも机もない。与えられた仕事は電話番。編集者からの催促をうまく受け流す事だった。ほんとに自分はここでやっていけるのだろうか、と不安に思うめぐみは、やがて自分が雇われた本当の理由を知るのだが……。
育ってきた環境も性格も異なる二人は果たしてうまくいくのか?
デザイン事務所の先行きは?

「社会に出た当初は、三〇歳までにひとかどの人物になりたい、なんて思っていたけど、現実にはまだまだ中途半端だ」
 本書を読みはじめてまもなくこの一文に出会い、30歳手前の自分を思い出した。
『レイアウトは期日までに』の主人公の赤池めぐみは27歳、デザイナーをめざしていて、実用書系の中堅出版社で契約社員をやっている。文字の修正やデザインの直しなどのオペレーター的な仕事から始め、ようやく単行本のデザインもまかされるようになってきたところで、事業縮小により、あっさりリストラされてしまう。
 彼女が直面するのは、契約社員という立場の弱さだ。正社員であれば法的に守られたろうし、もっと多くの成長機会が与えられただろう。だが、他の人たちのフォローばかりしてきためぐみには、ポートフォリオに自分の作品として並べられるような実績がない。
 切ないと思ったのは、めぐみが「デザイナーはセンスで勝負するから、ほんとうに優秀な人間は学生時代に仕事をスタートさせている」と思うシーンである。
「ほんとうに優秀な人間」と自分とを比べ、傷つくことは私にもある。一日に一回はやってしまう。会社員時代もそうだったし、小説家になってもそうだ。だが、育った環境であったり、生まれ持った才能であったり、自分に与えられたものだけで仕事をしなければならないことの恐ろしさをもっとも募らせていたのは、めぐみと同じ30歳手前だったように思う。
 そんなめぐみにもたらされたのが、桐生青という天才装丁家が求人募集をしているという情報である。めぐみにとって青は憧れの存在でありまさに「ほんとうに優秀な人間」である。自分などが戦力になるのだろうかという不安を抱えつつ、桐生青の事務所へ彼女は勇気を出して飛びこんでいく。そして彼女へのまぶしさと劣等感との間でゆれながら、対等なバディになるため、自分にできることを必死に探っていく。そしてそんなめぐみに引っ張られて、すでに天才であるはずの桐生青も成長していく。そのプロセスに胸が熱くなる。
 たいていの人たちは「ほんとうに優秀な人間」などではない。そのことに気づくところから仕事をスタートさせていく。でも不安がる必要はない。たいしたことがないと思っていた自分の「与えられたもの」が、優秀な人間たちには欠けていて、彼らを変えていくきっかけになりうることも、よくあることだからである。
 この物語は仕事小説の王道だ。30歳を越えて仕事をしていくために大事なことを赤池めぐみと桐生青は教えてくれる。

朱野 帰子(あけの・かえるこ)
1979年東京都生まれ。2009年、『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞。『わたし、定時で帰ります。』はドラマ化もされ大きな話題に。他の著書に『海に降る』、『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』、『対岸の家事』、『くらやみガールズトーク』などがある。最新作は『わたし、定時で帰ります。3 仁義なき賃上げ闘争編』。

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