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本を読むように観ている。ドキュメンタリー映画の話

先月の話なのですが、『人間の境界』という映画を劇場で観て衝撃を受けました。映画部の宮嶋です。

ポーランドとベラルーシの国境で翻弄される難民たちや支援活動家、国境警備隊員の群像劇なんですが、観ていて「あれ、これドキュメンタリーだったかな」って思うほど真にせまっていて、衝撃を受けました。
「実際に難民だった過去や支援活動家の経験を持つ俳優をキャスティングした」(公式HPより)というリアリティもあり、構成の巧みさもあり。

実際にあったことを、実際にそれを経験した人たちが、劇映画として演じる。それはキャストさんたちにとっては演技であり再現でもあるのだけれど、でもどうにも経験に裏付けられた事実という力を帯びていて、そのこと自体が作品い与える厚み自体も興味深いなと思いました。

『人間の境界』によって、劇映画とドキュメンタリー映画の境界についても考えさせられたと言いますか。

映画を仕事にしていると、劇映画の場合プライベートで映画館に行く時も「これは観ておかなきゃ」という職業意識と自分が観たい気持ちとのバランスで観る作品を決める感じなのですが、ドキュメンタリーについては割と純粋なモチベーションというか。私は何かに興味を持つととりあえず関連するルポタージュとか実用本を読んでみるタイプなので、ドキュメンタリー映画はそのコンテクストで選んでいる気がします。

というわけで今日は私の興味ベースで観たドキュメンタリーの中から、いくつかおススメさせてください。時間が取れずまだ観られていないけれど「絶対観るぞ!」と思っているマイリスト待機作品もあわせてどうぞ。



環境負荷の少ない暮らしかた

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』

大自然や生き物たちと共に壮大な夢を実現させた夫婦の奮闘記

もうずっと都会で暮らしているので考えもしなくなっちゃったんですけれど、微生物も植物も動物(人間含む)も、そうだよなぁ、ぜんぶ繋がったサイクルのなかで生きてるんだよなぁ、と改めてわくわくするドキュメンタリーでした。都会暮らしの人たちが初めて農業を始めて、自分たちでトライ&エラーしながらそれを実感していくという目線が良いのです。
この暮らしが「理想の暮らし」なのかどうかはわからないけれど(みんながこんな風に暮らしたがるブームが来ちゃったら、それはまた自然に対してちょっと違う弊害があるかなと思うので)、こういう当たり前の循環は、日々の暮らしの中で感じていたいなと思ったのでした。
というわけでとりあえず、ここ数年はベランダで野菜と花を育て、生ごみを出さずにコンポストして肥料にしております。まずは足元から。


≪こちらはマイリスト待機中の作品≫
『ハウス・イン・ザ・フィールズ』

モロッコの山奥で暮らすアマズィーグ人姉妹の日常を捉えたドキュメンタリー

動物のいのちのこと

『GUNDA/グンダ』

農場で暮らす動物たちの姿を、モノクロの映像美で叙情豊かに捉えたドキュメンタリー


モノクロの静かな映像です。ブタや牛やニワトリが生活しているだけの。でも観ているうちに、どういうわけかその世界の住人の目線になっているのです!最後なんかもう思わずブワッと泣いてしまいました…完全にブタに感情移入しちゃって…。うまく言えないけれど、とにかく観てほしい。シンプルで優しい、動物たちの世界。
エグゼクティブプロデューサーに、信頼のホアキン・フェニックスの名前がクレジットされています。


“美しい”とはなにか

『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』

孤高の天才デザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンの創作に迫るドキュメンタリー

「自宅で洗えるの最高!」「天然繊維ラブ!」「動きやすさ重視で!」なタイプなのでメゾンのお洋服とは無縁なのですが、観るのは好きです。ドリス・ヴァン・ノッテンのドキュメンタリーは、静かで端正で、そしてなぜか少しだけ寂しくて心がぎゅっとなる感じ。そして彼の愛する庭が素晴らしい!ガーデナーのかたがたもぜひ。

『人間機械』

ここは美しい“地獄”。インド労働者の現実を鮮やかに切り取ったドキュメンタリー

これめちゃくちゃ美しいんです、映像が。カメラワークも画面デザインも、そして繊維工場が舞台なので華やかなファブリックがたくさん登場して色彩も豊か。でも、描かれている実態は悲しすぎる。美しいからこそなお悲しいという対比。アパレル業界では、10年ほど前、バングラデシュのラナプラザ崩落事故というショッキングな出来事もありました。ファッショに限らず、こういうことを知った上で、モノを選ぶ時はちゃんと「これでいいんだっけ?」ってことを考えて、出来る限り誰かが犠牲になっていないものを選んでいきたいなと思った映画でした。

『青い記憶』

「藍染め」に関わる職人たちの記憶を通して、その歴史に迫るドキュメンタリー

古くからの染め方だってことや、虫よけになるらしいってことくらいは知っていたのですが。職人さんたちの藍染めへの思いや哲学にガツンとやられました。これはもう、「職人しごと」というよりもむしろ生き方。知識と美意識と、植物や気候と呼応する力。それこそ「藍染め道」です!華やかではない、でも自然との共生から生まれ、日常のなかで“用の美”として生活に寄り添ってくれる、職人たちが長年培ってきた技が凝縮された逸品。美しいなぁ…!
この「藍染め道」が受け継がれ、守られていきますように。


老いと、その時のありかたついて

『83歳のやさしいスパイ』

老人ホームに潜入した“おじいさんスパイ”が見た真実を映し出すドキュメンタリー

これ、実は劇場公開前はノーチェックで、フラ~っと映画館に行って「おじいちゃんが主役の可愛いコメディかな?」と座席につき、上映が始まったらまさかのドキュメンタリーだったのです。私も事前に調べなさすぎですけど、このルックでドキュメンタリーって!でも観てよかったなぁ、って思いながら映画館を出てきました。83歳の新人スパイが特別老人ホームに潜入した記録。劇映画だとお年寄りって脇のキャラクター化されちゃうことも多い気がしますが、入居している老人たちそれぞれの背負うもの、人柄、生活が丁寧に描かれていて、またスパイのおじいさんがとてもひたむきで、人間愛があって。老いてどうありたいか、ということを考えてしまいました。


≪こちらはマイリスト待機中の作品≫
『シーモアさんと、大人のための人生入門』

シーモア先生の奥深い教えに満ちたピアノレッスンが、人生に悩む教え子たちに響く



『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』

最高齢のファッションアイコン、アイリス・アプフェルの人生に迫るドキュメンタリー

パレスチナの人々の生活

『リトル・パレスティナ』

シリアのパレスティナ難民キャンプでの生活を捉えたドキュメンタリー

10月7日から凄惨な状況が続くどころか日々過酷さを更新し続けているパレスチナ・ガザ地区。「パレスチナ問題は難しい(らしい)から…」とあまり知ろうともせずに来てしまったことを今さらに悔やんでいて、関連本や雑誌の特集記事を読んでみたり、写真展に足を運んだりしています。
こちらは2015年、ここもまた封鎖状態にあったシリアのパレスチナ難民キャンプで撮影された作品。パレスチナの人びとにとって、あらゆる場所でずっとこんな理不尽が続いていたこと、世界はそれに目を向けていなかったということを教えてくれます。とりわけ幼い子どもたちが爆撃音に慣れ、食べるものがないことに慣れ、淡々と空き地の草を食べているのが、観ているだけでもとても辛い。辛いのですが、観なかったことにしてはいけないな、と思っています。

≪こちらはマイリスト待機中の作品≫
『ガザの美容室』

パレスチナの小さな美容室。戦争状態という日常をたくましく生きる女性たちの物語


『パレスチナ1948・NAKBA』

イスラエル誕生により、迫害され続けてきたパレスチナ人を追ったドキュメンタリー




劇映画は「創作」で、創作には創作の力だけが持つ力があります。そしてドキュメンタリーは「観察と編集」で、そこには事実という基盤の上に映像作家の主観、“思い”や“祈り”が入るのだと思います。

だから、ひとつの出来事もふたりのドキュメンタリー作家が撮れば、また違う目線の作品になる。興味のある分野の本なら何冊も手に取ってしまうように、興味のある分野のドキュメンタリー映画をいくつも観続けることは、自分のなかにさまざまな視野を取り込むことになるんじゃないかな、と思っています。

そして何より、知らなかったことを知ることは、閉まっていた窓がひらくような、何もなかった場所に道ができるような感覚です。

劇映画同様、ドキュメンタリー映画も、ぜひ。




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