幻詞交差のフラグメント(ファンタズマゴリアナ)

 ――敗戦国に与えられる慈悲など一つもない。それが、戦後40年で得たただ一つの教訓である。分断され鳥籠に閉じ込められた。科学を失った我らに残された唯一の武器は幻詞の力のみである。 『秘密結社 プロメテウスの灯』

 1985、南ゲルマニア連邦共和国。静寂な鳥籠の中には市民は陰鬱な顔で街を歩く。その姿はまるで自らの運命を悟った家畜のような姿であり悲痛そのものであった。
  そんな中一人の少女が走っていた。黒髪の少女は雑貨店の娘、名前はドロテアという。メインストリートを外れ路地裏の一角の建物に入っていく。建物の内部は穀物倉庫面をしていた。穀物倉庫の壁際の一角に近づきポスターの下に偽装されたスイッチを押す。暫く間が開いてから階段がせり下がってきた。隠し階段である。
 その隠し階段を上るとそこには調度品が整えられた貴族の寝室めいた空間が広がっていた。ドロテアは貴族の寝室めいた空間を気に留めず入り込み、部屋の主に向けて声をかける。
「サーシャちゃん、いる?」
 すると、寝室の暗がりから少女の輪郭が浮かびあがった。銀髪紅眼の貴族面した少女である。彼女がサーシャだろうか?
「よく来たわね。ドロテア」
 彼女はふてぶてしい表情でドロテアを見つめる。しかし、彼女の持つ濃厚なアトモスフィアにもドロテアは動じなかった。恐らく一般人は彼女の持つアトモスフィアにより圧迫されてしまうことだろう。
「だってわたしは、サーシャちゃんの下僕(?)だもの。サーシャちゃんに早く会いたくて来ちゃったんだ」
  ドロテアはサーシャに向けて微笑む。サーシャは恐ろしく妖艶な笑みでドロテアを見据えていた。
「そうね。あなたは私の下僕。下僕はご主人様の命令には絶対よ」
 サーシャの深紅の瞳が不敵に輝く。瞬間的にドロテアの意識がぼんやりとしてきた。
「そうよドロテア、私にすべてを委ねなさい」
 ドロテアはサーシャの思いのままになりサーシャの抱き枕になる。するとサーシャはドロテアの首筋に……牙を突き立て吸血し始めた! ドロテアは恍惚とした表情だ!
 サーシャはしばらくの間、ドロテアの血液をサーシャの体内に取りこみ始めていたが、十分満喫したのかサーシャはドロテアの首筋を離し、口元に残った残留血液を舌で舐め取った。ドロテアの意識はまだぼんやりとしている!
「ドロテア、私の最高の下僕……あなたがいるだけで素晴らしいと思えるわ……」
 サーシャはそっとドロテアをベッドに寝かせた。サーシャは愛しげに下僕を見つめていた。

 ††† 

 かつて南ゲルマニア連邦共和国は敗北を経験した。連合国に国土は蹂躙され南北に分割されたのだ。分割された南ゲルマニアでは科学技術は禁止されたのだ。それによって国力が著しく低下されたのだ。そんな南ゲルマニア連邦共和国を憂う有志が秘密結社『プロメテウスの灯』を結成、南ゲルマニアの地に科学技術を取り戻そうと暗躍していたのである!
 そして、プロメテウスの灯は旧ゲルマニア帝国の遺産である幻詞の力を秘密裏に保持していた。幻詞とは、幻想の力を込められた魔術様式である。幻詞の力人間を幻想生物に改造を可能としていたのである。吸血鬼の因子を移植し改造したのがサーシャである。彼女はプロメテウスの灯の一員として連合国の目を盗み科学技術を手に入れようとしているのである。
だが事態は思うようにいかなかった。幻詞移植者は誰も我が強くプロメテウスの灯の命令をあまり聞かなかったのである。サーシャも例にも漏れず、一介の雑貨店の娘である、ドロテアを下僕にし、好き放題生活しているのである。

 †††

 ドロテアはベッドの中でゆっくりと意識を取り戻しつつあった。
 ――サーシャちゃんにいつもの吸血されたんだ。ドロテアは視線をベッドの外、玉座じみた椅子に座っているサーシャに合わせる。
「サーシャちゃんはいつも勝手にわたしの血を吸うんだから」
「魅了の魔眼で意識を消して吸血しているから問題ないでしょう?」
 そういう問題ではない。と、ドロテアは思ったが決して口に出さない。
「わたしはもっとサーシャちゃんが私の血を吸っているの顔をみたいなあ」
「うるさいわね、下僕がご主人に口出しないの」
 サーシャは口調は棘があるが深紅の瞳が笑っていた。ドロテアは心の中で笑顔を浮かべている。
「サーシャちゃん、大好きだよ」
 ドロテアは誰にも聞こえないようにつぶやいた。

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