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#4 夏の果て

    明るい声とともに颯爽とやってきたのは樋口くんだった。万智から名前を教わった時、何故か知っているような感覚を覚えていた。彼が校内でも顔が広く人気もあり、部活動や万智との関わりを通じて時々話しかけられていたが、彼もまた、このコンテストに出るようで、この講堂にいた。こんな所で私に話しかけないでよ・・・。と思っていたが、樋口くんはその後意外にも
「おー!優も出るの!?」と優くんに親しげに話しかけていた。わたしは
「2人、ともだちなんだねぇ」と不思議そうに聞くと、
「小学校が一緒なんだ。しかも誕生日も一緒なの」
「そう!俺らマブダチだよな!」と陽気に優くんの肩を抱く樋口くんの姿と、困った顔をする優くんの温度差にわたしは笑ってしまいながらも、この子、まだまだ引き出しがたくさんあって面白い・・・と優くんの助けてほしそうな表情を見ては、微笑ましく感じていた。
  見知らぬ人に不慣れな格好のまま写真を撮られている2人は表情が硬く、真顔のままの写真が届けられた。いつもクールだから仕方ない、この一瞬だけではわからない彼らの素敵な姿を私がいつも一番近くで見届けていられるならそれで充分だと思いつつも、自分の技術でなんとかしてあげたいという感情が芽生え、人の魅力を引き出すことの難しさと面白さに魅了されていった。

    平日の放課後はクラスの出店の装飾準備、休日は試作とPRの練習という日々。着付けや練習はいつも、校舎の裏側にある小さなプレハブに集まってやっていた。スペースもあり、環境はよかったけれど、そこには水道がなく、メイクをする度に校舎の水道まで歩いていかなければならなかった。百合が一緒に行くこともあったが、何度もその道を優くんと2人で歩いた。メールで毎日のように言葉を交わしていても、直接話すことはまだ少し緊張しながら、好きなものの話をしていた時間が、高校生の理想的な制服デートや図書室デートなどには遠く及ばないとしても、私の中ではこっそりと2人での時間を過ごすことが、とても特別な時間のように感じていた。

  いつかの日、優くんからこれ聞いてごらん、と届いたメールにトクマルシューゴの「PARACHUTE」と書かれていた。自宅のパソコンを開き、動画サイトで検索し、イヤホンをして再生を押してからゆっくりと目を閉じた。耳に流れてきたその音は、初めての感覚に近いような、心の中に眠っていた蓋が開いたように思える綺麗な音だった。おもちゃ箱が開いたときのわくわくとした子どもの気持ちになって、1曲聞き終わる頃には自然と口角が上がり、幸せな気持ちになっていた。そのままの勢いで優くんにメールをした。彼はこの短期間で私をどこまで理解したのかはわからないけれど、大人びている私の中にある子ども心を見つけてくれたのかもしれない。自分を再発見させてくれる才能がある人だな、と感じながら、“パラシュート、とってもよかった”と送った。

    文化祭の日がやってきた。前日には慧くんと優くんにあと2日、よろしくね、とメールをして朝を迎えた。教室が使えなくなっていたので大荷物を抱えて学校へ向かう。早くに調理室へ向かい準備を少ししてからのんびりする間もなく体育館下の柔道場へ2人の準備にとりかかる。この時を含めて、もう2人に浴衣を着せてあげることはあともう2回くらいしかないのかー、とさみしくなりつつも、優くんに至っては下駄、暑さ対策の扇子も含め私の私物で、浴衣も私が着てきた回数以上に着ていることに少しだけ文句を言いながら、慣れた手つきで2人を仕立て上げた。
  PRの為に登壇するクラスメイトも集まり、賑やかに男の子たちが騒いでいる姿を見て、忘れないために写真をたくさん撮らせてもらった。2人の横に私と百合が並ぶように4人での写真も撮ってもらったし、樋口くんを呼んで優くんと2人で撮ってあげたり、普段見ない男の子たちの表情が、みんなまぶしくて、素敵だった。体育館の後ろから、ステージ上のみんなを動画に撮りながら眺める。恥ずかしがりながらも踊る姿に、1から見てきたからこその面白さと嬉しさが溢れ、贔屓目に見なくても私の中では彼らが1番だった。ようやく日の目を浴びて、やってよかったと実感した瞬間だった。
  開会式を終え、1日目はそのままクラスの出店を手伝ったり、空き時間には散策もした。2日目には2人が他の人たちと一緒に校内を歩き回る時間があった為、いつものプレハブで準備をした。
「もう最後だねぇ」とみんなで話をしていると
「ちょっと寂しい自分がいるよ」と優くんは言う
寂しい気持ちを理解するとともに、こんな展開が起こらなければ、この先何も関わらずに終わっていたかもしれないと思うと、どこに感謝したらいいのかわからないほどだった。
最後の2人の姿を見届けて、私の役目は終わった。

クラスのたこ焼き屋さんも暑い中みんなが頑張ってくれて無事に終わり、最後の文化祭の2日間が終わった。最後に閉会式でコンテストの表彰が行われ、さすがの人気者樋口くんのクラスは2位に選ばれていた。私たちのクラスは表彰は逃してしまったが、楽しくできたので結果は気にしていなかった。
「私たちがんばったもんね!」と百合と話をしながら頑張った2人の元へ向かうと
「賞とれなくてごめんねー」と思いのほか悔しがっている姿に、
「私たちの中では1番だから大丈夫!」
と2人を、自分たちを誉めあい、4人のひと夏の挑戦を終えた。

  完全燃焼しきった私は暗くなった外にある荷物置き場にあった自分の荷物をほとんど置いて帰り、次の登校日に担任がクラスの忘れ物をHRの時間に1つずつ掲げていた中の半分以上が私のものだった。帰るまでが遠足とは、こういう事を言うのだと思った。

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