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#6 ゆく河の流れ

2011年3月4日
   紙袋の中に大量のお菓子を抱え、私は学校へ向かう。卒業式予行、退屈な時間の中で隣に座る万智がよく話しかけてきた。気づいていないようだがどんな時でも声のヴォリュームが変わらない。良くも悪くもそんなところが面白くて好きなのだが、ちょっと目立っているよ・・・。と思っていると斜め後ろの方からも一際声の大きい人がなにやらお喋りしている。声を聞けば一瞬でわかる、樋口くんだった。樋口くんもまた気にせず喋り続けていた。似たもの同士だな、と思いながら2人の声を聞いていると、彼の口から“伴さん”という単語が聞こえた、途切れ途切れ聞こえてくる会話の中で、
「伴さんはね、優の・・・なんだよ。」
  優くんは、友人たちのなかで、私の事を話しているのだろうか、樋口くんに遭遇すると必ず私の名前を呼んで挨拶してくるし、木村は休み時間に優くんの所で話をよくしているが、自分の塾のイオニスの話をしていると思っていたら、
「いおりすは?」
と鈴香が呼ぶ私の呼び名で問いかけている事があった。その時もその先は何も聞こえなかった。意識的に、核心的な事は聞きたくないようになっていたのかもしれない。

 予行が終わり、先生が戻ってくるまでの間に私はみんなにクッキーを配ることにした。
紙袋のなかには1つだけ違うものが入っている。一番端の鈴香から順番に机を周り、1人1人ありがとう、とそれぞれに合わせた短い詩の書かれた包装を渡していく。終盤に差し掛かり、優くんのもとへ、私はそこでも未来の質問はせず、いままでを振り返った感謝と、わからないなりに未来への希望の気持ちを包装にして渡した。そして1人を挟んで最後に慧くんのところへ。袋から取り出し、みんなと同様、感謝とともに渡す。袋の中にはもう1つ残っていた。クッキーではなく、チョコレート。
「あと、これね、バレンタインのかわりに、あげる。」
できるだけ小さな声で、自然に渡していたつもりではあったが、自分がいる位置の視界から、優くんが私を見ているのがわかってしまい、これでおしまい。と思ってしたことに、少しだけ後悔してしまった。

2011年3月5日
   卒業式、一人一人呼ばれる名前を聞きながら、あの子はこうだったな・・・この子とお話ししてみたかったなあ、などと思いながら滞りなく式を終え、教室でHRをする。最後の集合写真では普段端っこや最後列を選びがちだが先生の近くに、と斜め後ろに行くと、同じように少し空けて先生の斜め後ろに優くんがいた。たまたまか意図的かはわからないが、1つだけわかるのは、彼は私と同じ理由で先生の近くにいるわけではない。気付かないふりをし続けながらも、いつも気にかけて私のことを見てくれていたことも知っている。
  夜になりクラスの打ち上げが始まった。学校の近くのご飯屋さんで、わいわいと話をする中でふと熊ちゃんが慧くんと優くんに向けて制服のボタンの話をし始めた。
「2人は誰かにちょうだいって頼まれた?」
と聞くと2人は遠慮がちに
「うん・・・。」
「あげた・・・。」
と言っていた。1年前の私は憧れの先輩と写真を撮りたくても声をかけられずにいたので、そういうことができる女の子はすごい。今年の私はボタンの事なんてすっかり頭になく、その話を聞いたときにふと、ああ、せっかくなら私もちょうだいって言ってみたらよかったな
――優くんに。
言ったら袖のボタンくらいはくれたかなー、なんて思いながら・・・。

  そのまま二次会のカラオケ、そして電車で移動して三次会のカラオケで夜を明かすことにし、駅からカラオケ店へ向かう途中、熊ちゃんと少し歩きながら話をした。8割お喋りな彼女が話し、私は主に聞きながら、2年間一緒のなかであったことや、少しだけ慧くんの話もしてくれた。そんな中で、
「優くんは浪人するんだってー。」
「そうなんだー・・・。」
できれば本人から聞きたかったな、と思いつつ、釈然としない思いがようやく晴れ、いつかちゃんと言ってくれたときに受け止めてあげよう、と決めた。

 朝までカラオケは久しぶりすぎて既に眠かった。ときどきうとうとしながら歌っている人を眺めていた。私と優くんは机を挟んで反対側に座っていたが、何かの拍子で隣同士になっていた。特に話をすることもないが、少しだけ安心する。何か歌いなよ、という声掛けで、私も少しだけ歌うことになり、特に何も考えずaikoの「瞳」を歌っていた。すると木村が口を開き、
「あれ、これ優が彼女に歌ってもらいたいやつじゃなかったっけ?」
木村のリップサービスはこんな時間も絶好調だった。優くんも下を向いて笑ってしまっているじゃないか。平然を保ちながら歌いきって、百合のところに向かうために立ち上がっても全然どいてくれない。仕方なく膝をぽんぽんと叩くとようやく通らせてもらえた。
―触れたかったのかな?-
細かな計算高いところも、少しだけ気持ちが読めるようになってしまった。
 帰る時間になりみんなで写真を撮る、次みんなにいつ会えるのかな?なんて思いながら1人ずつとも撮り、慧くんとも優くんともその時初めて2人で撮った。最後に優くんと、
「じゃあ、来週ね。」
「うん、またメールする。」とこっそり会話を交わした。

そう、私たちは次の週一緒に都内にお買い物をする約束をしていたのだ。
2人だけで初めてのお出かけ、楽しみにいくつもの夜を過ごした。


2011年 3月11日

   過去の日本の事象を1日だけ書き換えられるとしたら、どれだけの人がこの日を選ぶだろう。間違ってはいない、もしかしたら私自身も選んだ方がよいのかもしれない、そうしたら普通の友達でいれたかもしれない。それでも私は様々な感情を遺したこの日を大事にしたい。大きな淋しさも、不穏に光り続ける都会の中で泣かずにいられたのも、横に彼がいてこそなのだ。

 PM 12:00
田舎から高円寺への道のりは長く、早めに着いてお昼を食べつつ先に周りを散策していた。集合時間は古着屋さんなどのオープン時間に合わせて13時にしていたが、メールが届き14時頃になると連絡を受け、少し肌寒い道をゆっくりと歩いた。

 PM 14:00
そろそろ着く優くんの到着を待つ。待ち合わせにおける私の中のちょっとしたこだわり、それは自分で見つけないことだった。自分で見つけても、手を振りながら駈け寄ったりできないから、待っていても待たせていても、どこにいる?と聞いたりしながらわざと視界のぎりぎりで立ち止まり、相手に見つけてもらっている。
“わからなくなったら電話して” と送られてきた電話番号に、せっかくだから電話をして、私は無事に見つけてもらった。
 見慣れた制服ではない、暖かそうなモッズコートを羽織った姿はいつもより少しだけ大人に見えた。横に並んで歩きながら、商店街の中を進んでいく。気になるところがあったら寄ってみよう、と一緒のお店ではなくそれぞれに分かれたりしながら進んでいった。
「ここ、ちょっと見てみてもいい?」
「いいよ、じゃああっちのお店にいるね。」
そういってわたしはちいさなお店に入っていくと、店主のおばあさんがいた。洋服だけでなく、レースやボタンなどの素材や小さな小物などに溢れており、見渡していると突然、世界から音がなくなったように、静かになった。

14:46

   大きな揺れとともに、外から人々の声が聞こえてきた。状況が呑み込めず、おばあさんとなんだか、大きい揺れでしたね、と話しているところに、
「伴さん!大丈夫!?こっちに行こう!」
優くんが走ってきた。私は駈け寄り、2人でとりあえず人混みを避けるように住宅街に逃げ込んだ。生まれて初めての大きな自然災害にあったことに自分のなかで理解が追い付かずに2人でどうしようか・・・と考えながら、寒いから歩こう、と歩いてきた道を戻っていく。さっきまで普通に歩いていた道に、物が倒れていたり、割れていたり、初めて見る光景に不安を抱きつつも、ただただ私は優くんが隣にいてくれることが救いだった。そのはずだったのに、君は消え入りそうな声で独り言をつぶやいたのだ。


「慧くんだったらどうしてたかな・・・。」


この瞬間だけ、私はこの混沌とした街のなかで独りになってしまった。今まで生きてきた中で傷つくような言葉もたくさんあった。悲しくなるような言葉もたくさん聞いてきたけど、こんなにも“さみしい”思いをしたのは初めてだった。この日私の頭の中で慧くんのことを思い浮かべたことなんてなかった。それが今の答えであり、君の隣にいる今が紛れもない事実であるからこそ、彼の中で比較対象にさせてしまったことを悔やんだ。泣きたい気持ちにもならない、怒りたい気持ちにもならない、私の中のプルチックの感情の輪の中心が抜け落ち、空洞になってしまった。

暖かい飲み物とカイロをくれて、歩いて新宿へ向かう。楽しく話している人はいない、それでも私たちはできるだけいつもどおりにしたい、きっとお互いがその気持ちで、たどり着いたその先に何があるかわからないまま歩き続けた。
 2時間ほど歩き、新宿の大きな通りに着いた。ビルの灯りは消えているが、街に散らばるネオンの灯りが普段よりもはっきりと映り、不穏な空気を漂わせている。吸い込まれるように私は信号待ちのなかで一番前の道路ぎりぎりの所で待とうとすると、
「危ないよ。」と私の前に立ってくれた。これがいわゆる吊り橋効果という感情なのかな?なんて思いながらちゃんと考えてくれていることに嬉しさを感じていた。
  

   何も情報がないなかで私たちはカラオケの部屋で歌わずに夜を明かした。翌日のお昼ごろに家に帰ってやっと事の重大さに気付くほど2人の時間であり続けようとしていた。初めてのお出かけがこんなことになるとは思ってもいなかったが、どれだけ悲しい日だったとしても、私にとってはとても大事で、楽しかった日の記憶として残しておきたい。

   私の中の空洞化した感情はやがて、ふとした事で強い感情が芽生えて壊れてしまう恋心のようなものではなく、家族のように簡単には離れられなくて、どんなことでも受け止めて許せる、そんな存在に彼を位置づけていった。

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