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小説『ヴァルキーザ』3章(3)

その日、マックリュートは急に体調が悪くなった。朝からせきが止まらず、意識は朦朧もうろうとしている。彼女は直感した。もう、自分の体はもたない、と。

彼女は自分の最期のときが近づいたのを悟ると、枕元にグラファーンを呼び寄せた。子は心配そうに母の顔をのぞき込む。目に涙をためて。

「母さん、しっかりして! いま、薬を持ってくるよ」

それを止め、マックリュートは病でめしいつつあった両眼をやわらげ、やさしく微笑みながら、そっとグラファーンにささやいた。
「グラファーン、泣かないで」

「母さん! 母さん!」
グラファーンは泣きながら母にすがる。
「死なないで!」

しかし母は、自らの生命のともしびが消えゆくのを、その身に感じていた。最後の力をふりしぼり、母はいとしげに子の髪をかいでる。

「グラファーン、どうか悲しまないで」

そして母は床の中で両手を組み、子に告げる。

「思い出すんだよ、昔、お前に言ったろう。人と人の生命はつながっていると。親子の生命もそうさ。」

朝の穏やかな空気をゆるく吸い、母は語る。

「マイオープの川べりに、あの銀色の小さなタンヤル蛇が脱皮して、古い生命を脱ぎ捨て、新しい生命をもった身体に生まれ変わるように。お前を産んだ私の生命は、お前に生きてつながって、受けがれてゆくんだ。私から脱け出たお前は新しい生命として生き残り、古い私は抜けがらとなって大地に還ってゆく…  それが自然のことわりなのさ」

小鳥たちがいつものように鳴いている。
もれが窓から差し込み、柔らかな風がかまどのにおいを運んでくる。

「…今まで苦労をかけたね、グラファーン」

「母さん! 死んじゃいやだ! お願いだよ、母さん!」
子はうろたえるより他に何もできない。

「お前に満足なことをしてやれなかった私の一生は、決して幸せとはいえなかったかもしれない、だけどね…」
マックリュートは息が浅くなっていった。

「ここでお前と二人でかばい合って生活してきた日々のこと、本当に誇りに思うよ。グラファーン、お前を授かることができて本当によかった」

「母さん!」

「それだけが嬉しかったよ…」

そして母は子の方に目を向いた。

「グラファーン、私はもうこの世を去るだろう。そうしたら、西へ行きなさい。イリスタリアの都へ…そこに、お前にかけられた死の呪いを解いてくれる聖者がいるだろう。最近出た占いだよ。わずかな希望のぞみだが、試してみるんだ」

「…分かった、母さん」

「グラファーン…」
マックリュートは目を閉じた。

「母さん!」

「さよなら…」

「母さん!」

子の見守る中、母はおだやかな笑みをたたえ、目を閉じたまま、安らかに息を引き取った。

マックリュートは、天国へされた。

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