小説『ヴァルキーザ』 12章(5)

グラファーンに手を引かれて外へ出ると、イオリィは彼に聞いた。

「レイシルさんの家に戻るの？」

「いや、少し村の様子を見て廻まわろう。何かあるかもしれない」

グラファーンの横顔を見ながら、イオリィは、また、彼と歩くことに少し楽しみを覚えていた。

しかしその日、村じゅうを探検たんけんしても、これと言った事はなかった。夕暮れになったので、宿に戻ろうと二人は帰途きとにつき始めた。

すると、グラファーンたちは、村を貫つらぬいて流れている小川にかかる橋のほとりで、人目につかぬよう逢瀬おうせしているらしい二人の男女の人影ひとかげを認めた。

「あれは、ペンシュミオンとウィスリーよ」
イオリィがグラファーンにささやく。

「分かるよ」
グラファーンは、そっと応こたえる。

グラファーンとイオリィは、ペンシュミオンとウィスリーに気づかれないよう、近くの建物の陰かげに隠れて、二人の人影を見守る。

ウィスリーがペンシュミオンに話しかける声がする。

「ああ、ペンシュミオン、私たち、どうしたら結ばれるのかしら。このままでは私たち、親のせいで、仲を引き裂さかれてしまうわ！」

「ウィスリー、どうか、悲しまないで。希望を持つんだ！　もう、こうなったら、駆かけ落ちするしかないよ。二人でどこか遠いところへ逃げよう。そして、結婚しよう」

「嬉しい、ペンシュミオン、愛してるわ！」

「僕も愛してるよ、ウィスリー！」

二人は抱擁ほうようし合った。

二人を陰から見守っていたイオリィは、そっと言った。
「やっぱり、二人は、愛し合っていたのね」

グラファーンも、そっと答える。
「そうだね、二人は恋人同士だったんだ」

恋人たちがグラファーンとイオリィに気付かぬままそこを立ち去ると、グラファーンとイオリィはこの事を二人だけの秘密にし、決して他の誰にも漏もらさなかった。

その日から間もないうちに、ペンシュミオンとウィスリーが駆け落ちを図って失敗し、親に見つかって、それぞれ自宅に監禁かんきんされた、という知らせがグラファーンたちのもとに届いた。

その知らせを直接、グラファーンにもたらしたのは、宿屋の亭主ていしゅトーダンだった。