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『プロジェクトμ』プロローグ下書き



乾いた空を鳥たちが駆けぬけた。
透きとおるような青空の下で、はじまりの歴史が呼吸をしていた。
豊穣なるユーフラテス河の水面に照り映えた陽光が、白い炎のように揺らぎ、なみなみと水をたたえた水上を、吃水の浅い丸木舟が滑って行く。
そしてその向こうの広大無辺な大地には、赤い砂を割って、日干し煉瓦で築き上げられた、幾つかの巨大なジグラットがそびえ立っている。
河岸の高い崖の縁に、神官の男がひとり立ち、天をさして立つ尖塔たちを、厳かな顔付きで見下ろしていた。
まるで古代メソポタミアの大地の声に耳を傾けるかのようにして、男はそこに佇み、そしておもむろに、支配者の地位の味わいを噛み締めるかのように、片手に持っていた棒笏を握り締め、両腕を広げてゆっくりと高く持ち上げた。
清楚な装飾の施された、白い神官服の両裾が風になびく。
ここに、今や時計のねじは巻き上げられた。
これより先に歴史が生まれた。
そしてこれから後に自らが統治すべき国をまぶしげに見つめながら、男はこの、地上で最初の文明が自らとその直系の子孫の命とともに永らえることを神に祈念した。
河のうねる水がしぶきを上げ、崖の底に当たっては砕けていった。



【解説】
これは、1997年の創作小説『プロジェクトμ(ミュー)』(全260頁)の冒頭部分にあたるプロローグの再現です。
本来はさらに推敲を加えるべき、未完成の下書きなのですが、24年前、私は書いた当時の私製文集にこれをそのまま載せてしまいました。
私の場合、文芸作品を書くとき、視覚的なイメージや文のリズムが先行するため、時代考証などのリアリティがついおろそかになってしまいます。
この下書きも、自分の夢をキャンバスに描くように、型に囚われない夢想をそのまま、勢いでメモしたものに少しだけ加工したものですので、メソポタミア文明の歴史的事実とは矛盾する箇所があると思います。
なのでこれはあくまで、当時のかけだしの私がどんな書き方をしていたかを知るための資料として眺めて下さい。
この下書きを振り返ってみると、当時から私は文中に接続詞を多用するクセがついていたのだなと、苦笑いしてしまいます。
なお、私のアカウントの冒頭作"Record of Mu"や、"Twilight Hill"、『アトランティス・シンドローム』、『アルター・ノヴァ』、『特殊人工生命体』も、『プロジェクトμ』からの抜き書きです。こちらも時間があればぜひご覧下さい。




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