小説『ヴァルキーザ』3章(4)
たそがれ時の訪れる頃、ラダロックと共に母の野辺の送りをし、葬式をすませると、グラファーンは母を偲んで草笛を吹き、数日の服喪の後、黄金の森の南東のはなれの森、アプトムに移り住んだ。
そして数年間そこに暮らしながら、グラファーンは、生活の恩人のラダロックに剣術を学んだ。魔の雲によって荒廃した世の中で生き残ってゆくため、自らの命を守り、自己をめぐる現実の障害を取り除き、人生を保つためだった。
ラダロックは穏やかな性格で、生活の面ではこの幼い子に対して優しい父親のように接したが、剣術の指南に関しては、下手な情けをかけず厳しく当たった。剣を扱うのに少しでも心に甘さがあるならば、自らの身を危険にさらしかねないからであった。
グラファーンは剣術への順応性が高く、年を追う毎に剣技に優れるようになった。幾年かの稽古の後のある日、ラダロックはグラファーンに声をかけた。
「グラファーン、私はお前を、十分な剣技を持つ者と認め、自立を許そうと思う。われらフォロス族の族長、エリサイラーに試合を申し込んでみよう。彼は剣の達人だ。彼に剣の腕を認められれば、何か良い報いがあるかもしれない」
ときにグラファーン、16才の頃であった。
グラファーンとラダロックは、早朝、マイオープに向かった。森の縁のまぎわに、二人を待つ多くの人影が現れた。その中から一人の、クールな顔をした、吊り目で長髪の男が抜け出して歩み寄ってくる。
「待っていたぞ、グラファーン!」
その男が、族長エリサイラーだ。
「お願いします!」
グラファーンは力強い声とともに一礼する。
エリサイラーは試合用の木剣を抜き、構え、そして叫んだ。
「さあ、来い!」
「やーっ!!」
グラファーンは木剣を抜き、振りかぶって、エリサイラーめがけ駆けていった。
二本の細身の剣がぶつかり合い、木の刀身の打ち合う音が響きわたる。
双方とも、次々と攻撃を繰り出すが、互いの小型の盾でかわされ、また鎧で受け流されて、相手に決定的な打撃を与えることが出来ない。勝負はなかなかつかず、たがいに互角であるかのように見えた。少なくとも最初のうちは。
試合は止むことなく続き、剣の打ち合いの激しさは、かえって増していった。二人の息づかいが荒くなってゆく。
やがて、少し体力に欠けてはいるが、剣技に熟達したエリサイラーが勝負を仕掛けてきた。グラファーンの目前まで間合いをつめ、接近し、自らの剣の刀身をグラファーンの剣の刀身に密着させ、にじり寄ってくる。そして力でぐいと押し、挑戦者グラファーンを突き飛ばした。
重心を失い体を崩したグラファーンは後ろに倒れた。エリサイラーは剣の切先を横たわるグラファーンの喉元に突きつけた。
「そこまで!」審判員が叫ぶ。
敗れたグラファーンは、うなだれて起き上がった。エリサイラーは、剣を鞘に収め、試合の相手の方へ近寄っていった。
「見事だ! グラファーン」
エリサイラーは目つきを和らげ微笑んだ。そして握手のため右手を差し出した。
「この私をここまで本気にさせるとは、成長したな。良い太刀筋だった」
グラファーンも右手を差し出し、その手を握る。そして、
「族長…」
グラファーンは何か言おうとつぶやいた。
「分かっている。みなまで言うな」
エリサイラーは振り返り、観衆を見て、
「皆の者、聞けい! 私はここで、この若者を、グラファーンを、一人前のフォロスとして認めよう!」
エリサイラーは、グラファーンとマックリュートの罪の赦免と、マイオープからの追放処分の撤回、そして殺人の罪を犯し行方不明となった、グラファーンの父アルビアスの名誉回復を宣言した。
そして、
「いつでもマイオープに戻ってきてよい、お前を迎える準備はできているぞ」
エリサイラーは背を向けて歩き去ってゆく。
「ありがとうございます、族長、私は…」
グラファーンは後から話しかけようとする。
「うむ。お前は、自らにかけられた死の呪いを解くため、イリスタリアに行かなければならんのだな。気をつけて旅をするがいい。無事を祈る」
エリサイラーは振り返らずに告げた。
「忘れるな、グラファーン。どんな事があっても、必ず運命に負けてはならんぞ!」
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