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小説『ヴァルキーザ』10章(3)

その後ユニオン・シップの団員たちは、レッド親衛隊長と三人のこうに連れられ、城塞じょうさいすみにある高い塔へ行き、塔の階段を登っていった。

「この城を出る前に、君たちに会わせたい人がいる」
レッド隊長に、そう言われたのだ。

塔の階段を登ると、突き当たりに、木製の大きくて重い扉がある。

「ゼラ様、ユニオン・シップの方々を連れて参りました」
ひと声をかけると、レッド隊長は、その部屋の扉を開けた。

その先にあるのは、幾種ものいろどりある花々によって飾られた円形の小部屋だった。
タペストリーで埋められた石壁の真中には小さな格子窓こうしまどが開いており、天井からは小鳥のいる鳥かごが吊るされている。
小さなテーブルには、金属製の給茶器と水差し、瑠璃色るりいろの厚いグラスが置かれている。

そして、部屋の奥の背もたれ椅子いすのそばに、金色の飾りのついた白い革の胸当てに藤色ふじいろのロングスカートを身につけた、若い女性の姿が見える。
女性は平原に住む土の精コーク族の精霊フォノンだ。
女性は左手に朝顔色の扇子せんすを開き、顔を少し隠すように傾ける。

グラファーンは驚きのあまり、声がかすれる。
「あなたは…魔女?」

ゼラと呼ばれたその女性は、容姿端麗ようしたんれいで、知的で落ち着いた表情をしている。瞳は緑色。髪はブルネットで長く、顔の両脇に、腰にかかるくらいまでらしている。彼女は遠くを見るような、神秘的で怜悧れいり眼差まなざしでグラファーンを見、薄紫色うすむらさきいろの唇をわずかに開く。

「ここに、魔女がいるのを見て、驚かれましたか?」

グラファーンは、小さく頷いた。

「そう、たしかに、私は『魔女』です」

ゼラは手元の水差しから、グラスに湯冷ましを注いだ。

「なぜ、王国が禁じている魔女が、王国の誇る城に堂々とつとめているのか、あなた方は不思議に思われるかも知れませんね」

ゼラは、やや自嘲的な笑みを浮かべる。

彼女はグラスを手に取って、湯冷ましを少し飲んだ。

「ゼラ様は、わが国の防衛顧問ぼうえいこもんなのだ」
ドライヤー侯がグラファーンにささやく。

「防衛顧問?」
グラファーンが言葉を返す。

「そう。イリスタリア国を守る、この要衝ようしょうエルゴッドの防衛作戦の指揮にあたって、私はよく、この方の意見をうかがっている」
ダイエス侯が明かす。

「なにしろ、ゼラ様は、ここで最年長の方だからな」
ドライヤー侯が次いで小声を出す。

「最年長?」
グラファーンはまたも驚く。

「ええ、これでも実の年齢は、240歳です」
ゼラが告げる。

「240歳ですって?」
グラファーンは目を瞠る。

「はい。魔法の力で、不老の身なのです」


イオリィがつい、口をはさむ。
「つまり、国は、表向きは女の魔法使いを禁じておいて、見えない所では、その魔女の力を利用している、と…」

「そのとおりです。もちろん、これは国の秘密ひみつですが」
ゼラがこたえる。

「まあ、侵入者たちが魔法を使ってくるので、こちら側も魔法の力に頼らざるを得ないのだがね」
ライザー侯が説明する。

「私は本来、いにしえよりのおきてによって絶対的平和を追求しているイリスタリアが、正しくそれを実行する上でさまたげになる存在だと自覚しています」
ゼラは語る。

「ゼラ様、それは我々、王宮の守備隊も同じことです」
レッドがこぼす。

「もちろん、エルゴッドの我々もです」
ダイエス侯も続く。

グラファーンは直感で分かった。
宮廷のフルーゼル宰相さいしょうたちが、自らの望まない「隣国マーガスとの講和こうわのための特使の派遣はけん」に踏み切ったのは、国を支配する平和の法を重視する宮廷の皆からの圧力プレッシャーを、耐えがたくなるほど無視できなくなったからだ、と。

「それにしても、あなた方ユニオン・シップ団はよく、熟練じゅくれんした黒魔法使いメディアスなしに黒魔法使いメディアスを倒したものですね」
ゼラは言葉をもらす。

「スタンレーのことですか」
グラファーンが問う。

「ええ、こちらにも情報は入ってきています」
ゼラはすました顔をしている。

「本当に、大変な冒険ぼうけんをされましたね」

「ありがとうございます」
グラファーンは彼女に礼をして、レッドの方を向いた。

「レッド隊長。ところで、レディ・ゼラを私共に紹介して下さった理由を、よろしければお伺いしたいのですが…」

「ゼラ様を、君たちの仲間に加えてもらいたい」

グラファーンは今度は本当に驚きのあまり声も出せなかった。

「不満か?」
とレッド。

「いえ、とんでもない」
グラファーンは、ゼラに目を向けた。

「しかし、このご婦人を、マーガスの都までの危険な旅にお連れするのは…」

それを聞いて、ゼラは初めて声を上げて笑った。

「大丈夫です。私は『魔女』ですから」

そしてグラファーンを見て言葉を放った。
「あなた方の足手まといにはなりません。決して」


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