小説『ヴァルキーザ』 12章(1)
12. ザマビ
大冒険の末、からくも「曠野の地下迷宮」を突破した6人の冒険者たちは、全員そろって出口から、再び地上に出ることができた。
そこは所々に森林のある、広い原野のようだ。
空は暗く、地平線の際がわずかに白んでいるので、かろうじて現在、朝に近いことが分かる。
雲はかかっていない。
時折吹く風が冷たい。
迷宮で力を使い切った冒険者たちは、体力も精神力も使い果たし、歩くのもやっとだった。
遠くに見える山々の影をたよりに方角を見定め、冒険者たちは、そう遠くない所にあるはずの、ザマビの村に向かって歩き始めた。
事前の調査から、ザマビはもと、ルーア人という種族の居住していた村で、「ザマビ」という名前は、原住民の言葉・ルーア語の「ザモ・アビ」(「狭間の地」の意味)に由来するらしいと分かっている。
この村はスーク人が入植した後、村全体をシャイニング・ロード(光の道)で囲ったため、それが結界の役割となって、村は怪物からの侵入を免れているという。
そしてザマビはかつては、イリスタリアの直轄地だった。
そのような話をアム=ガルンから聞きながら、グラファーンたちは、近くにあるはずのその村を探し続けた。
途中、恐れていたワグルどもの襲来もなく、皆は草地を歩いてゆき、やがて小さな木立ちに行き当たり、その中へ分け入った。
その先に、大きな池があるのを見つけた。
池の水は澄んでいて、とても綺麗だ。
「いい池だな」
グラファーンは、隣にいたラフィアに囁いた。
「ああ」
ラフィアが応える。
「あの辺、とくに変わった様子はないよ」
「あの水、飲めるかな?」
エルハンストが声をしぼり出す。
「のどがカラカラだ」
ラフィアが池の水をよく調べたところ、飲んでも大丈夫な清水と判った。
エルハンストは早速、両手で、その冷たく透明な水をすくってガブガブ飲み始めた。
皆も続いて池の水を飲み、そして充分飲んだ後、各自が持っている革製の水袋にも、水を補充した。
それから冒険者たちは池の水で手や顔をよく洗って、最後に足を洗った。
池のへりに腰かけて両方の素足を水に浸していたイオリィが、地平線上に太陽を迎えかけた空を見ながら、おもむろに歌を歌い始めた。
はじめは旋律だけで。
そして後から詞もつけて。
彼女は歌い続けた。
遥かな時の夢を紡ぐ夜は明けゆく
遠く暗い山並みに
白い陽の燃えるような瞬きが映えてる
風は草の海を飛び
旅人の目覚めの頬を冷たく撫でてく
空と地平の彼方に思いを馳せ
さあ、ゆこうよ果てしなく光溢れる道
今こそ神秘の世界は開ける
静かにそよぐ木だけが歩む影を見つめる
イオリィの歌を聴いて、心に潤いをとり戻した冒険者たちは、何処にあるかも分からないザマビ村を探すために、再び旅装を整え始めた。
つと木立ちの間から人が現れた。
それは一人の美しい少女だった。
「あなたは?」
イオリィが話しかける。
「ごきげんよう」
少女は挨拶した。
「私、ウィスリーといいます。今、近くを通りかかったら、あなたの綺麗な歌声が聞こえてきたので、つい…」
「そう、私の名はイオリィよ。よろしくね、ウィスリー」
「こちらこそ、イオリィさん」
「あなたは、この辺りで暮らしてるの?」
「ええ。私はこの近くにある、ザマビという村の者です」
「ザマビ!」
冒険者たちは思わず、一斉に声をあげた。
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