小説『ヴァルキーザ』10章(2)
翌日の寒い朝、教練室でレッド親衛隊長は、イリスタリアからの指令を三人の侯に伝えた。ユニオン・シップの冒険者たちにこのエルゴッド城を通過させ、城門外の世界に出させるよう命じたのだ。
すると、ダイエス侯が答えた。
「レッド隊長、ご存知かと思いますが、このエルゴッド城から発つには、われら三人の侯の全員の同意が必要です」
「然り。たとえ、形式的な手続きとはいえ…」
ドライヤー侯が引き継ぐ。
「その通りだ」
レッド隊長は頷く。
「同意してくれるな?」
ダイエス侯とドライヤー侯は頷いた。
朝の陽が窓から射し、石畳の床を光で染め上げている。
「私は反対です!」
ライザー侯が、吠えるように言い放った。
彼の吐く息が白く浮かび上がる。
「ライザー侯、何が不満だ?」
ダイエス侯が、はっと眉を吊り上げた。
「そうだ。王国の命令だぞ。我々現場の者が勝手にくつがえす訳にはいかんだろう?」
ドライヤー侯もいぶかる。
「だが、この方々は、かなりの若者とお見受けする。失礼だが、剣に熟達した者でなければ、ここを出ても任に耐えられず、荒野の中に没し、失敗して国の益を損なうことは明白だ!」
ライザー侯は反論する。
「宮廷が任じた人々の資質を疑うことは、宮廷を疑うのと同じことだぞ。それは許されまい。貴侯の忠誠こそ、私は疑われると思うが」
ダイエスも引いてはいない。
そこでライザー侯は、やや不敵な笑みを浮かべ、自慢の口髭をしごきながらグラファーンに言い放った。
「分かりました。ではひとつ、ここで私が貴方に稽古を申し込むことに致しましょう。もし貴方が私と剣の試合をして勝ったら、私は貴方がたを此処より先へ旅するに相応しい勇者と認め、城門から発たれることに同意致します」
そして、
「構わんでしょうな、レッド親衛隊長」
ライザー侯はレッドに訊きながら、すでに鎧の胸部の掛け金の位置を直し始めていた。
イオリィが怒って言いかける。
「なんてことを…」
即座にエルハンストが彼女をさえぎる。
「待て」
そのとき、
「構わん!」
レッド隊長の声が響き渡った。
そして彼は壁に寄りかかり、両腕を組んで、鋭い目で笑みながらグラファーンに視線を向け、
「グラファーン殿は、確立された剣技の持ち主だ。だが、初見の貴侯では、それが分からないのも無理はない。この際、グラファーン殿の腕前を貴侯自身の眼で確かめてみるといいだろう」
それを聞いて、ダイエス侯が頷いた。
ライザー侯はいささか鼻白んだが、
「む…では、よろしくお相手願いたい」
「お相手致します」
グラファーンは、自分に渡された試合用の木剣を鞘から抜いた。
「では、私が審判致します」
ドライヤー侯が、正対するライザー侯とグラファーンの間に進み出る。
「よし」
レッド隊長が頷く。
「始め!」
ドライヤー侯の一声と共に、試合者たちは激しく木剣を打ち合った。
剣を交えながら、グラファーンは、ライザー侯が剣技において恐るべき実力者であることを思い知らされた。
「一本!」
審判がライザー侯の得点を宣言する。
グラファーンはすぐ気を取り直し、果敢に打ちかかってゆくが、その剣も相手の堅い守りにはねられる。グラファーンは再び打たれた。
「一本!」と審判。
グラファーンは三本目の試合で再び始まりから激しく打ちかかっていった。今度は、打ち合いは長く続き、集中力を込めたグラファーンの一撃がライザー侯の手甲を打ち、彼の剣をはね飛ばした。
「一本!」
今度は、審判のドライヤー侯は、グラファーンの方に手を挙げ、彼の得点を宣言した。
そして試合は、次にライザー侯が一本を取り、3対1でライザーが勝利した。
試合が終わって、グラファーンはがっかりした表情を見せる。
そのとき、ライザー侯が歩き寄ってきた。
「グラファーン殿、見事でした。このライザーから一本を取られるとは。お若いのに、まことに素晴らしい」
彼は感心していた。
「それでは…」
グラファーンの眼に、光が戻る。
「もちろん、私めも貴方の腕を認め、貴方がたがエルゴッドから発つことに賛同致します」
イオリィたち、他のユニオン・シップの冒険者は、それを聞いて安堵した。
レッド隊長は口にした。
「このイリスタリア王国の誇る、エルゴッド城のリーダーに試合で一本でも勝つことがどれほど難しいか…しかし、それをやってのけたグラファーン殿は、若いのに、まことに強い戦士だ。これからが楽しみだな」
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