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小説『ヴァルキーザ』4章(1)

4.カルマンタ


グラファーンはそれから何日間か旅をした。彼は、荒れ野をつきぬけるように延びる道を歩いてゆく。突然、目の前に一匹のウルフが現れた。

ウルフは、グラファーンが背負い袋に入れ持っている食料を狙っているようだ。獣はグルグルとうなりながら近寄ってくる。グラファーンはやむなく戦うことにした。初めての実戦に身震みぶるいするような気持ちだった。

狼が襲いかかってきた。グラファーンは攻撃をかわし、剣をさやから抜いて狼に打ちかかった。剣は狼にわずかだが打撃を及ぼした。狼は反撃してきたが、そのきばはグラファーンのよろいに阻まれて、彼を傷つけることができなかった。そして互いに何度か攻撃し合った後、グラファーンは狼を倒した。

さらに先を行くと、前方の、森の中の小径こみちかたわらに、何かが横たわっている。よく見ると、それはなんと人であった。長く栗色の髪で、どうやら若い女性らしい。白い麻の服だけを身にまとっている。グラファーンは様子を見た。彼女は生きており、気を失っているだけのようだ。

そこで彼は女を介抱かいほうしようと歩みかけたが、その前に、わきの草むらから突然、四匹ものウルフが飛び出てきて、倒れている女の方へ近づいていった。そしてウルフたちは彼女を囲んで、野獣の唸りを上げながら、今にも女を餌食えじきにしようとしている。

グラファーンは女を助けるため、剣を抜き、雄叫おたけびを上げながら駆けていった。向かってきた狼を一匹、一撃で葬り去る。そして囲みに飛び込んで、まさに女にかぶりつこうとしていた一匹の脚を打ち据える。その狼は反撃し、牙がグラファーンの腕をかすめ、かすり傷を負わせた。だが、グラファーンは獣を討ち倒し、残りの二匹をにらみつける。

グラファーンは剣を足元に投げ、「魔法弾撃」(マジックブラスト)の呪文を唱えながら両手を天にかざした。銀色に輝く光の小弾がそのてのひらから狼に向けて飛び、目標を仕留める。さらにもう一度彼は呪文を唱えて、残る一匹も倒した。グラファーンは狼たちを退治することに成功した。

戦闘で荒くなった息を整えてから、グラファーンは女を介抱しようと試みた。
「おい、しっかりしろ!」
グラファーンはその女の上体を起こそうと、頭と肩に手を回し、力を入れて引き上げる。女は顔も無傷だ。彼は、女の意識を戻らせようと試みた。最初は失敗したが、グラファーンがもう一度呼びかけると、今度は今度は女は意識を取り戻し、何かかすれ声を発した。

「……」
グラファーンには聞き取れなかった。
「…イオリィ」
今度また女がつぶやいたとき、グラファーンには、そう聞こえた。
「イオリィ…そうか、君はイオリィというのか」
そう言うとグラファーンは、女のために気つけとして、ワインに少し水を混ぜたものを飲ませた。女は少しむせてせきをしたが、意識が十分に戻った。

「ありがとう、おかげで助かったわ」
女はわずかに笑みを浮かべた。
「あなたの名前は?」
「僕は、グラファーンというんだ」
「私は、…私の名前は、」
女は名乗ろうとしたが、頭を抱えた。
「ごめんなさい、私、思い出せない…」
「君は、イオリィというんだろ?」
「そう? そうかもしれないわね…じつは、倒れて気を失っていたせいか、本当に何もわからないの」
その言葉ではじめて、グラファーンは彼女が記憶喪失きおくそうしつに陥っていることに気がついた。

彼女は何も思い出せなかった。彼女は、簡素な服装のほか、何も物を持っていなかったので、グラファーンは彼女を助けるため、一緒に近くの町カルマンタまで同行するよう申し出た。
「ありがとう、グラファーン」
彼女はその申し出を承諾しょうだくし、名前を思い出すまでの間、かりそめに自分の通り名をイオリィとすることに同意した。




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