小説『ヴァルキーザ』5章(4)
すぐに、そばの壁に穴が空き、その隠し部屋の開口部から、何者かが出てくる気配がした。息づかいからみて男のようだが、夜目の利くグラファーンにもその姿は見えなかった。そう、何も…。
エルハンストが叫んだ。
「気をつけろ! 透明人間だ!」
だがすぐ突然、イオリィが
「痛っ!」
と自分の脚を反射的に押さえ、後ずさりした。
イオリィは、目に見えない者からの攻撃をかわすことができなかった。
グラファーンも利き手を打たれて、持っている短剣を落としてしまった。
「まずい!」
グラファーンは思わずうめく。
「みんな、逃げるんだ!」
エルハンストが叫んだ。
運命の賽は振り放たれた!
エルハンストの呼びかけに応じて、皆、洞窟のもと来た入口の方へ向かって駆け出した。
しかし三人は、まだ冒険に慣れていなかった。
そのため洞窟内で迷ってしまい、透明人間の追撃をかわすことができず、前に来たことのある大理石の床の、無人の部屋の中へ追いつめられてしまった。
冒険者たち三人は、次々と、かまいたちのような傷をつけられていく。おそらくナイフによるのだろう。グラファーンたちも反撃を試みたが、姿の見えない敵には、剣は、まず当たらなかった。
怖さのあまり、冒険者たちはうまく動けなかった。しかし戦闘のさなか、幸運にもグラファーンは冷静さを少し取り戻し、すぐに次のことを考えついた。
この部屋の一面の大理石の床は、隙なく壁とつながっている。自分の使える「放水(ウォーターシュート)」の魔法を石の床に放てば、魔法で生じた水の跳ね返りで、敵の両足の動きだけは分かるかもしれない。
しかも自分には「暗視」の能力もある。暗がりの中で、もれなく床の水の反射を捉えることができるだろう。
すぐさま、グラファーンは、
「イオリィ! エルハンスト! 動くな!」
と叫び、「放水」の魔法を敵のいる辺りの床に放った。
いきなり放たれた水流に驚いたのか、透明人間は、攻撃を忘れ、あわてて動き回った。
グラファーンは、その敵の足の動きを見逃さず、自ら、腰のベルトに差した鞘からナイフを抜き、相手の足が立てる床の水しぶきと音をたよりに、すぐ透明人間に斬りかかった。
グラファーンは必死に切りつけ、そのうちの一打は相手の急所を捉えていたらしく、大ダメージを与え、透明人間は倒れ伏した。
倒れた透明人間の姿があらわになった。まるで、魔法の力が解けたかのように。
目に見えるようになったその死体は、やや大きな背で、体格ががっちりした、灰白色の皮膚の不気味なフォノンの精霊だった。
よく見ると、左右それぞれの手に、刃も柄も透明な鉱石でできた透明のナイフを持っていた。
グラファーンたちは、晴れて全員生き残って、ゴルク一味を退治し、「無法者の洞窟」を脱出した!
洞窟を出たグラファーンたちは、カルマンタの町に戻り、町で懸賞金とゴルクの秘匿財産の一部を受け取ると、葡萄亭に一泊し、そして町を出た。
ユニオン・シップの一団は、グラファーンの旅の目的を果たすために、皆で一路、イリスタリアに向かった。
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