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小説『ヴァルキーザ』2章(6)

アルビアスからの知らせのないまま、五年の月日が経った。何時までも黄金の森マイオープに帰ってこないアルビアスに対して、フォロス族の社会の目は次第に厳しくなっていった。人々は、アルビアスが裏切ったのだと確信した。

夫がいないために、マックリュートは幼児をかかえながら毎日、不安定な生活を送っていたが、フォロスたちの批判の矛先ほこさきはついに、この不憫ふびんな母子にも向けられた。

こうしてマイオープのフォロス社会の中でアルビアスの妻子は孤立し、住み続けることが難しくなった。マックリュートの親戚たちは母子を助けたがっていたが、マイオープのほとんどの住人が、この母子を森から隔離かくりするよう主張したので、どうすることもできなかった。

それを見た族長エリサイラーは、母子がこのまま周囲のフォロスたちの敵意にさらされ続けるのを避けるべきだと思い、フォロスのおきてに従って、やむなくマックリュートとグラファーンをマイオープから追放するに至った。

夫も住み家も失ったことでマックリュートは日夜悲嘆に明け暮れていたが、 気丈きじょうにも彼女はやがて気を取り直し、森の外で住み家を探しにかかろうと立ち上がった。そこに救いの手を差しのべた者がいた。かつてアルビアスを殺人罪で拘禁した、あの警吏長けいりちょうのラダロックだ。

ラダロックの手引きで、マックリュートは子を連れて、ろくに荷物も持たずに、平原の種族であるスーク族の街、トルダードの外れにある小さな家に移り住んだ。家にはふかふかした布団を敷いた寝台があり、暖炉も付いていた。テーブルやたんすなどの家具も据えられている。とりあえず、これなら暮らしていける。マックリュートはそう思い、安堵あんどした。

それからラダロックは、少しまとまった額のお金の入った革袋をマックリュートに手渡した。それは平原人スークの世界で通用する貨幣だった。
「まぁ…」マックリュートは涙をこぼした。
「族長たちからの贈り物だよ」
ラダロックは、あたたかい笑みを浮かべた。

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