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小説『ヴァルキーザ』9章(2)
それを聞いたトリスティ外務大臣は、やや怒ったが、自分を抑えて、諭すようにワーガスに言う。
「ワーガスよ、貴殿は外交というものをまるで分かっていない。いいか、互いに通じ合う価値観を共有する、という柱があってこそ諸国は同盟することができるのだ。そしてその力にあずかってはじめて国際の平和は保たれ、しこうして国の利益は守られるのだ」
「何を言う。異なる文化やならわしを持つ者と、その文化や慣習の違いを越えて、互いにくい違う意見をすり合わせ、共通の利益を探して妥協することこそ外交の醍醐味ではないか。いつも同じ価値観の者だけで固まっていたのでは、いつまでも国際関係の発展がない。それではとても、大きく世界に平和と共栄を求めることはできん」
評議会議長のワーガスが答えて言い放った。
ワーガスは元外務大臣だった。
「ワーガス、私は反対だ」
フェゼット防衛大臣が大きく声を上げた。
「王国の自由と諸権利に基づいて、われらイリスタリアは、マーガスの脅威に対抗して国を守らなければならん。そうでなければ、わが国は滅びゆくのみだ」
「フェゼット、私はそうは思わん」
レッド親衛隊長は、冷静な声で口をはさむ。
「ワーガス殿の言うことには一理ある。自由の宝冠をマーガス国が奪ったとは、事実としては、まだ確認されていない」
「あの、私めはトリスティと同意見ですが…」
フルーゼル宰相がおそるおそる言う。
「そんな事は、分かっている!」
と、ワズワイア神官長。
「アズワイア殿はどう思われるか?」
と、レッド隊長。
「私は、どちらの意見からも、慎重に距離を取りたい」
と、アズワイアは答え、
「ところで、リウム財相はどう考えるか」
「私も中立です」
リウム財務大臣は答えた。
「あと、もし票決を取るなら、侍従長にも意見を聞くべきだが…」
トリスティ外相が指摘する。
「おお、そういえばスタルファン侍従長、さて、貴殿はどう思われるだろうか」
と、ワーガス議長。
皆の注目が侍従長に集まった。
スタルファンは答えた。
「私めは、戦によらず、平和の志を以ってマーガス国に向かって頂きたく存じます」
「これで戦の派と、和の派と、同数ですが…」
フルーゼルが伝える。
「では、宮廷の規程のとおり…」
ワーガスが続く。
「陛下、御聖断をお願い申し上げます」
スタルファン侍従長は、イリスタリア国王エルタンファレスⅦ世の顔を見上げて伺いを立て、判断を仰いだ。
王は厳かに告げられた。
「古来の掟によりて、朕は、その政にあたっては、和の意志を以て、これに臨みたく思う」
「かしこまりました」
一堂が頭を下げる。
「御前にて、おそれ多いことに存じますが、ひとつ、提案がございます」
フルーゼル宰相が上奏する。
「申してみよ」
「マーガス国のタイモス王に宛てて、わが国から講和のための特使を出してはいかがかと存じます」
「使者とな?」
「はい、」
フルーゼルは話を続ける。
「これから、国より、少数の精鋭を選り、紛争防止のための外交特使とするのです。そしてその者たちに陛下の親書を持たせて、国境地帯のエルゴッド城より、北方を廻ってマーガスの都アルカンバーグに行かせるのです」
「しかし、エルゴッドの先は、相当の危険地帯だぞ」
王に代わってレッド親衛隊長が話を受ける。
「ですからこそ、途中の冒険に耐えられる、強い者たちを集めるのです」
「つまり、あの口にするのも忌まわしい怪物ワグルやオーガーどもを掻き分けて進むことのできる強者たち、ということだな?」
「はい。途中、イリスタリアの影響下にあるザマビ村とアルフェデ村を経由して旅をすれば、その者たちは、そこで食料やワインを補給することができます」
「なるほど、古くから有る『北の陸路』を使うのだな?」
「はい、『北の陸路』が適当かと存じます。なぜなら、『南の海路』は現在、荒天続きのため、使用できませんから」
「海上の空が晴れるまで待てないか」
「『魔の雲』が厚くかかっており、いつ退くか不透明です」
「皆、これをどう思う?」
レッドは、他の宮臣たちに訊いた。
「ひとつ、問題があります」
トリスティが発言する。
「イリスタリアの外交使節の身分を証明する公の証書を使節に携えさせたとしても、北の陸路は、大分以前より使用されぬまま今に至っており、現在では正規のルートではありません。マーガス国に着いても、先方の充分な信用を得られずに、侵略のための十字軍の斥候と見做され、タイモス王に斬り捨てられるおそれがあります」
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