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小説『ヴァルキーザ』4章(3)
すぐに亭主は、失礼をした、と詫びた。そして彼は自分の名前を名乗り、冒険者たちを温かく迎え入れた。亭主の名はジェイクという。グラファーンは二人分の宿泊料をジェイクに支払った。
ジェイクはグラファーンたちに、自分の二人の子供、メイとシンを紹介した。母親は早逝していない。長女のメイは14才で、勝ち気だが、優しい性格の娘で、グラファーンたちをテーブルに案内し、給仕をしてくれた。メイの弟のシンは、まだ8才だが、素直な性格で大人しく、グラファーンたちの話相手をしてくれた。質素ながらも雰囲気のいい宿だな、とグラファーンもイオリィも思い、ジェイクの家族三人に好感をもった。
店内は他の客の姿がなく、がらんとしている。グラファーンとイオリィがテーブルで早めの夕食をとっていると、入口から扉を開けて、ひとりの大男が入ってきた。客のようだ。
「よう、ジェイク」
大男がジェイクに声をかける。
「エルハンストか、久しぶりだな」
「そうだな。最近、顔を出してなかったな」
エルハンストと呼ばれたその男は、グラファーンたちの姿を見つけた。
「新しいお客さんか?」
それでジェイクは彼に、グラファーンたちを紹介する。グラファーンはエルハンストに挨拶した。
「あなたがエルハンストですか。あなたのことは町の人から聞きました」
グラファーンはイオリィとともに、エルハンストのことを知ったいきさつを本人に話した。
エルハンストは不器用に苦笑いした。
「そう、たしかにそんな感じなんだよ。俺とゴルクは敵同士だ」
三人はすぐに打ち解けた。
そしてまさにその日、日没の時間を過ぎて間もない頃、突然、宿屋に何人もの男が押し入ってきた。そのときグラファーンとイオリィは、それぞれ二階の個室で休んでいたが、エルハンストは一階で、まだテーブルについて座って夕食を食べていた。他に何人かの客たちもいて、ホールで食事をしたり、酒を飲んだりしていた。
「何だ! お前たちは!」
亭主のジェイクが声を上げる。
はじめ、店になだれ込んできたその侵入者たちは、町のごろつき共のように見えたが、彼にはそれがすぐに山賊だと判った。
中にいたエルハンストは、入口の彼らを見てその正体に気づき、大声で叫んだ。
「ゴルク一味だ!」
エルハンストはすぐに、メイとシンを背後に庇う。
ゴルクの手下たちが、間髪を入れずに短剣を抜いて襲いかかってきた。賊のうちの一人がエルハンストに斬りかかってくる。エルハンストは手元にあった皿を投げつけて応戦する。皿は賊の額に当たり、彼は痛さのあまりのけぞる。エルハンストはさらに卓上のジョッキやナイフを投げて賊たちを牽制し、隙を見計らって、足元に置いてあった戦斧を拾い取り、水平に振り回して、斬りかかりにきた賊をなぎ払った。
賊は全部で八人いるようだ。一階のロビーにいた他の客たちも賊に襲われ、応戦しようとしたり、あるいは逃げようとしたりしてバタバタしていたが、そのうち数人が賊の攻撃で倒れたようだ。
グラファーンとイオリィは、エルハンストの声でゴルク一味の侵入を知り、取るものも取り敢えず、短剣を手に持って部屋から飛び出した。廊下を階段へ向かって走ってゆくと、ちょうど賊が二人、階段を昇ってくるところだった。グラファーンはすかさず両手を挙げて、魔法弾撃の呪文を唱えた。まばゆい銀色の閃光が短く飛び、一人を標的に捉える。魔法の光弾によって胸を射抜かれた山賊が、ぎゃっと悲鳴を上げ、階段を転げ落ちていく。
後続の山賊はそれを見て、その不思議な未知の現象に驚き、一瞬うろたえた。そのうちに彼はすかさず斬りかかってきたグラファーンの短剣の餌食になった。さらに階段を昇ってきた後続の悪人の一人も、グラファーンに体を抱えこまれ、階段の手すりを越えて下へ投げ落とされた。
ジェイクにも、賊の一人が襲いかかってきたが、熟達した剣の使い手でもある、この亭主の返り討ちにあって倒された。
その間、エルハンストは戦斧を振り回し、二人の賊を倒していた。残る賊のうち一人は他の客の剣によって倒された。最後の一人は、イオリィに短剣で腕を傷つけられ、怪我をした。彼は他の仲間がやられていき、形勢不利を悟ると、囚われて拷問などで口を割らされないように、即座に懐中から毒薬を取り出して飲み、自殺した。
戦闘は終わった。
グラファーンとイオリィ、エルハンストはそれぞれ、すぐに治る程度の軽傷を負っていた。他の客たちは、襲われて怪我をした者がいたが、みな生命に別条はなかった。ジェイクとメイとシンは無事だった。
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