ドイツとフランスの電力のやり取りについて
【この記事は2019年10月13日の記事です。数字も当時のものです。】
ドイツとフランスの電力取引についてはドイツがフランスの原発に依存しているといったことが度々話題になります。そこでいくつかの数字を見ながら現状を整理してみましょう。
まとめ
2018年実績から見る電力取引
以下の表はドイツとフランスの国内の発電量と電力需要をまとめたものです。
出典:Agora EnergiewendeとSMARDをベースに著者作成(以下特に注記がなければ同じ)
ドイツの電力の輸出入ですが、全体で見るとドイツは純輸出国になります。ドイツの2018年の国際電力取引実績ですが、取引量で見ると54.3TWhの純輸出、物理フローで見ると49.7TWhの純輸出でした。ドイツ国内の発電量の10%近くを輸出していることになります。
発電量と国内需要の差はフランスのほうが大きくなっています。つまり、フランスのほうが国外への電力輸出が多いということです。これらは国際取引の結果でもあるため、余った電力は無駄だったというよう意味ではありません。
しかし両国とも電力輸出国という点は同じです。
次にドイツ-フランス間の取引実績を見てみます。
国際連係にはざっくり分けて実際に電力が系統を通った物理フローと、国同士の貿易の結果を示す取引フローの2種類があります。この2つは大きく異なることがあり、これが例えばドイツーフランス間の電力取引についていろいろな意見がある理由です。
ドイツは取引結果ではフランスに対して輸出超過であり、物理フローでは輸入超過です。
取引結果と物理フローの違い
こうしたことが起きる要因の1つにヨーロッパは全体で大きな系統を構成していることがあります。つまり、フランスが国境を接していないか連係が弱い国に電力を販売した場合、ドイツを通って輸出されるケースがあるということです。
データが少し古いのですが、以下の記事を参考に見ていきます。
このコラムの中にフランスの取引結果があります。
出典:https://www.renewable-ei.org/column_g/column_20150907.php
これを見ると、ドイツだけがフランスに対して取引で輸出超過となっていますが、物理フローのフランスの輸出超過分はかなりの部分がフランスがドイツ以外に売った電力量で説明できると思います。
つまり、フランスの物理的な輸出超過分はドイツを通って他国へ流れていると言えます。
ドイツ国内のフランス原発由来の電力量
それでもドイツはフランスの原子力の電力を輸入していると言われます。では実際ドイツ国内の電力のうちどれくらいがフランスの原子力由来なのでしょうか。乱暴な推計になりますが、フランスの電力ミックスから考えましょう。
フランスの2018年の電力ミックスでは、原子力が72.7%となっています。つまり、フランスからドイツに流れ込んだ電力のうち、72.7%が原子力由来と考えます。ただし、ここでは時間ごとの輸出入による調整等はせずあくまで年間のトータルでのみ考えます。
グロスとは単純な輸入量で、ネットとは輸入量から輸出量を差し引いたものになります。
すると、ネットの物理フローではおおよそドイツの電力需要に対して1%強がフランスの原子力ということになります。ネットの取引フローは輸入超過なのでネットではドイツ国内で消費されるフランスの原子力はゼロということになります。
ベースロードを考えるとドイツのベースロードは40GW程度なので、年間のベースロード量は350TWh程度になります。するとベースロードのだいたい2%がフランスの電力で、ベースロードの1.4%がフランスの原子力由来です。
逆も見てみましょう。こちらは電源別ではなく、トータルのみです。
系統電力ミックスを見るとドイツ国内の石炭・褐炭由来の電力量は38.1%ですので、需要に対するグロスの取引フローで見た場合(つまり最大値)では、1.2%がドイツの石炭・褐炭由来となります。フランスはドイツにCO2排出を押し付けているとも言えるわけです。
深刻かもしれないフランスの事情
本来は電力とは需要と供給を合わせなければならず、理想的には常に一致することが望ましいです(供給は必ずしも発電量を意味するわけではないので注意してください)。しかし実際にはズレが生じます。
ドイツの場合、全体として発電量が需要量を上回り、取引フローでも物理フローでも輸出超過になっています。
ドイツはお天気まかせの再エネである風力と太陽光が大量に入っており(2018年は系統電力で40.2%)、需給バランシングは難しい(がもちろん対応している)と言われています。その上、南北の送電系統が通っておらず、北の風力が発電した電力が南へ運べないので、これらは捨てるかポーランド等へ(ポーランド側の事情は考えずに)ループフローしていると言われることがあります。
これをもって「ドイツは他国に迷惑をかけている」と批判されることが多々ありました。それは事実です。
しかし統計データだけを見るとフランスのほうが75TWhと電力は遥かに余っています。問題ないのでしょうか。
こう言うと
「フランスは原発というベースロード電源なので、他国が必要とする電力だけを発電して輸出してあげている、ドイツは変動型再エネなので余った分だけ他国に押し付けて迷惑をかけている」
と私に言ってきた人がいますが、果たしてそんな単純な構図なのでしょうか。まずもってベースロード電源がミドルやピークや再エネの変動に合わせて出力を変えてくれるのかという疑問があります。
実際にはフランスの電力についても色々な課題があります。Agora Energiewendeの報告書を見ると、フランスの発電量は568TWhのうち、原子力が413TWh、水力が64TWh、風力とガスが29TWh、太陽光が10TWh、バイオマスが8TWh、石炭とその他化石燃料が7TWhと続きます。(本来はデータ出典も数値もすべて揃えるべきですが、ブログ記事ですのでご容赦ください)
またフランスは近年発電量が大きく伸びています。RTEによれば、2018年の発電量は前年比3.7%増となっています。これは再エネと原子力が伸びているからです。RTEは太陽光が15.3%、風力が11.3%伸びたと伝えています。Agora Energiewendeの分析ではフランスは2017年比で原子力が14%、水力が13%、太陽光が1%、風力が4%増えています。原子力は10年といった長期で見ると増えてはいませんが、再エネは増えてきています。
つまり、フランスは今後も電力が余り続け、余る量は増えてゆくことが予想され、いつかは隣国が吸収できないくらい余る可能性もあります。
それでもドイツから電力を買う事情
ところが、不思議なことにフランスは取引量で見るとドイツからの輸入超過となっています。1つにはドイツで再エネがたくさん発電して電力価格が安いときに買うという事情が成り立つでしょう。
しかし、フランスも電力が余っている以上、フランスよりもドイツのほうが調達コストが安い時間に買っているというだけでは説明しきれないと思います。実際、平均価格で見るとフランスがドイツから買っている電気の単価はドイツへ売っている電気の単価より高くなっています。
実はフランスは電力需要が本当に大きくなったときには自国の発電容量で賄えないケースがあるのです。
猛烈な寒波が襲った2018年2月はフランスは隣国から電力を輸入しています。特にドイツからの取引ベースでの輸入量は非常に大きくなりました。結果的にフランスへの輸出用も含めてドイツの褐炭石炭発電所がたかれましたし、幸運なことに、ドイツの風力は冬の方が発電します。
フランスが厳冬期に電力不足になることはしばしば問題となっています。また猛暑でも同じことが起こりえます。
原子力は需要に合わせて化石燃料ほどに柔軟な対応ができないこと、猛暑や酷寒では原発用の冷却水の確保と放流ができないために、原子力発電の出力を落とさなければならないことが理由です。(この問題は他の大型火力にもあります)
ですので、ただ安いからという理由だけでなく、需給逼迫時に電力が不足するフランスはドイツの電力を(高値で)買わないと停電するという事情があります。実際にはフランスは日常的にピークロード電源としてドイツから電気を買っています。
2019年にフランスからの輸入が増える理由
ドイツは2019年はフランスからの輸入が増えると予想されます。これは取引ベースでもそうで、ドイツの取引量の純輸出は相当程度減ると思います。
これには2つの理由があると言われています。1つがドイツの事情、2つ目がフランスの事情です。
ドイツは2018年には石炭・褐炭あわせて38.1%と大量に使っています。ところが、EUの排出権の価格が高騰しており、石炭・褐炭はすでに安い電源とは言えなくなっています。それどころか現実にはこれらは高コストの電源となっており、2019年4月辺りから、ドイツ全体で発電量を絞り、外国からの輸入を増やしています。ドイツの卸価格は排出権価格の高騰で跳ね上がっており、褐炭や石炭を燃やすより、隣国から買ったほうが安くなってしまっています。
一方フランスは再エネ増強、原子力維持を掲げているため、今年は2018年以上に電力が余る可能性があります。その結果、これまでは多くの時間でフランスの卸価格はドイツより高かったのですが、ドイツよりも安い時間がより頻繁に起きるようになって来ているようです。
これまでフランスの家庭用の電力価格が安かったのは賦課金や税金がドイツより少なかったからですが、卸の平均価格だけを見ればドイツよりも高かったのです。しかしこの状況も変わりつつあります。
今後はフランスの原子力と再エネによる安い電力が国内で消費しきれずに大量に隣国に流れ込むことになりかねません。なぜならこれらは2つとも柔軟性が小さい電源だからです。
2019年はドイツは恐らくフランスから大量に電力を輸入し、ニュースでもドイツの石炭・褐炭が減ったのはフランスの原発のおかげというニュースが流れるのではないかと予想します。もちろんドイツが脱原発と脱石炭にあわせて再エネと柔軟性の整備ができていないのも問題です。しかし、フランスもドイツが引き取らないと大量の電力が余る事態が想定されます。
安定供給という面では、ドイツの柔軟性がフランスの電力余剰を吸収する効果についても分析が必要です。私はドイツ、フランス両国ともに電力政策には安定供給から見て大きな課題があると見ています。
ドイツとフランスの電気代上昇とその対応
フランスの家庭用の電力価格はドイツよりも安いのですが、それでも上昇は続いています。2010年に12.83セントだった電力価格は2018年には17.99セントまで上がっています。今年の数字はありませんが、2019年はすでに2回値上げしており、電力価格の上昇を止める手段がほとんどないことが懸念されています。電力が余っているのに、電気代上昇は止まらないのです。
ドイツは電気代は今後しばらくは上がり続けますが、2020年代後半には賦課金は下がり始めることが確実で少しずつ電気代の問題は緩和されてゆくと思います。もちろんそのためには大幅な再エネの導入が必要です。今後の方針としては、安い再エネの導入、系統の早急な整備(南北高圧送電系統増強だけでなくデジタル化の推進やP2Xの整備)、高額だが気候に優しい柔軟性電源の導入促進(当面は天然ガス)が考えられます。
BDI(日本の経団連にあたる組織)もBDEW(電事連にあたる組織)も、このままではエネルギー転換は失敗するので早く大量に再エネを入れる道筋を作って欲しいと政府に訴えています。逆ではありません。
これまでの試算ではドイツの電気代を下げる方法として再エネ導入が最も確実なのです。ちなみに様々な機関の調査では、原発の維持は非柔軟な電源を市場に残すことになり、結果として電力システムが中長期で高額になるか供給が不安定になるのでドイツでは再エネと原発は両立できない、は概ね一致していると思います(例えばLion Hirthで検索してみてください)。
今後フランスが隣国で吸収できないくらい発電をするようになればどうなるのか、脱原発などでドイツの余力が減っていく中でフランスが自国のピーク需要に対応できないときはどうするのか、一方でフランスの家庭用電気代が上がり続けるのをどう止めるのか、ドイツは安いという理由でフランスの(原子力の)電力を買い続けてよいのか、様々な課題があるようです。
ありがとうございます!