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初投稿


ぼくの意見

朝、気持ち良く起きて
ほんとうに気持ちのよい一日を暮す。
そのためにすべてはあるのだ

好きな事を好きなだけしよう!
それができるようにしよう!

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中略して書いたがこれは山田かまちの言葉だ。「ぼく」は10代の山田かまち。そしてこの意見は30代のわたしの意見でもある。

「ほんとうに気持ちの良い一日」
まあ、子どもの頃はあったかもしれない。たぶん。大人になってからは、どんなに気持ちのよい日であれ、そんな日に限ってというか、眩しい日こそ影が目立ち、心の底から良い日というのは無かったんじゃないかと思う。大きい影は、私が17歳の頃に現れた。

こう書くと、鬱ですね。と言われそうだが、鬱で動けなくなったことはなく、いつも私は動いている。不安障害になってから、自律神経がお亡くなりになってから、抑うつを抱えながら絶えず動いている。気持ちの良い一日の実現のために。

悲しいけれど、本当に、泣くくらい、引くくらい、悲しいけれど、動いている割には素直に健康になれない。元気な自分にはナカナカなれないものだ。状態は常に、「良い」と「悪い」が波打ち、どちらかといえば「悪い」波のほうが多いと思っている。根本的なところで暗くて虚弱な私は、そのような現実を引き寄せている。そしてそのような人たちと、その場その場で言葉を交わし合っては1人になる。

食事 活動 愛 眠り
気持ちよくあるべき、これらすべてが
不快をまとっていつも傍にある

何度でも快を選ぼう、選びなおそう
という思いから
私にとっての快
読むことと書くことを、今日から始めてみようと思う。

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