褒められてもうれしくない
「パワポ見やすくてよかったよ」
一般的には褒め言葉。
「ありがとうございます!」
一応喜んでおく私。
心の中では1ミリも喜んでいない。
自分でも分からん。なぜ?
大体の場合は、褒められるともちろんうれしい。
頑張ってよかったなと思うこともある。
でも褒められてもうれしくないときがある。
それは当たり前のようにそのタスクをこなせるときと、他の部分でうまくいかなかった。。と落ち込んでいるとき。
まず1つ目の当たり前のようにそのタスクがこなせるときの話。
例えば私の場合、人よりもパワポづくりが得意。
昔からそういうちょっと創作入るの好き。なんでかできる。
だからパワポづくりが上手いことは自分でも認識しているし、みんなも上手いって思ってるよね?って感じで(何様やねん)。
褒められ慣れているというべきか。
だからそこを褒められると「喜ばなきゃ!」という意識が働いてしまい、なんだか体力消費しちゃう。
…ここまで書いていて思う、私性格悪いな。
わざわざ言葉に出して褒めてくれたんだから素直に受け取っておけよ!
…そうだね、、そう、、うーーーん。
はい、めんどくさいモード突入しました。
だめだこれ。
ちょっとねじ曲がっている私みたいなやつは褒められてもうれしくない瞬間があるわけで。
さて次に、他の部分でうまくいかなかった。。と落ち込んでいるときの話。
パワポ褒められたとするじゃん。
で、その時に思うのは、「他の部分はクソだったってこと・・・?」というやつ。
謎の自己肯定感サゲサゲモード突入。大気圏突入するレベルです。
発表とか大勢の人の前で説明するときとかもうほんとだめ。
何言っているんだ私!となること無限回。
だから発表うまくできなかったな。。と落ち込んでいるときに「パワポよかったよ!」って言われると、追い打ちかけられたように感じる。
「発表はうまくなかったってこと!?」って。
めんどくさいやつだねほんとに。
○○ちゃんかわいいよね!って友達に言われるときもそう。
私はかわいくないってこと!?という気持ちに。
めんどくさいやつだねほんとに(2回目)。
素直になれたら、楽だったのかもしれない。
ことばの裏をかかずに、純粋に褒め言葉を受け取れたらよかったのに。
自分にとって当たりまえにできることを褒められてもうれしくない。
ことばの裏を読んでしまうような褒め言葉はうれしくない。
だめだこのままじゃ。
人の想いを、温かさを踏みにじっている。
褒められているんだから、喜んでいいんだよ。
ありがとう、って言って、褒め言葉を受け取っていいんだよ。
人がくれた愛を蹴っ飛ばして、ぶっ飛ばして、愛を蓄積させないように生きるのは、あまりにももったいない。
見えない想いを、感情を、伝えてくれたのに。
まだ、難しいかもしれない。きっとまた心と正反対の顔をして、褒め言葉を受け取ってしまう日がくる。
それでも、今なら。
前よりも考えずに、褒め言葉を受け取ってみようと思う。
そしたら世界は少し私の味方になってくれる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?