見出し画像

【掌編小説】繋がる声

 ――雨が降る。何かをひどく大きく間違えている気がして、私は空を見上げる。網戸の網目にぶつかっては消えて行く雨の雫が、細胞の生き死にを思わせる。流れて行く、私の吐き出す煙草の煙が火葬場のようだと私の自嘲に繋がる。いっそ自分など煙のように消えてしまっても良いと、冷えたフローリングの床の温度を感じながら思う。携帯電話のランプが何度も明滅を繰り返し、電話やメールの着信を知らせ続ける。

 また、明日が来れば。私は考える。また雨が上がり、太陽が昇り、朝が来れば。私は活動を開始するのかもしれない。当たり前のように仕事に行き、この家に帰り、家事や趣味をするのかもしれない。空から雨が落ち、地面に吸い込まれ、また空へと昇って行くように全てはうまく廻り、循環して行くものなのかもしれない。

 また、明日が来れば。私は考え続ける。当たり前かもしれないことをそうと受け止められず、子供のように同じ場所を幾度も巡る私自身のことを、決して私は好んでいるわけではなかった。本当はもっと大人として振る舞いたかった。さよならも、ありがとうも何もかもを笑顔で受け止め、告げたかった。それが出来ず困惑し続け、思い出の中を歩き続ける私はとても幼いように思えた。

 ふと、視線の先の庭にタンポポのつぼみが一輪、あることに気が付いた。細く静かな糸のような雨を受けながら、タンポポはそこにいた。見慣れた花だった。小学生の時に良く摘んでいたことを私は思い出す。私は煙草の火を消し、紫煙ではなくそのタンポポを何となく見ていた。明日の天気予報を確認すると、雨のち晴れと出ていた。明日は雨は降っても、その後に晴れるのだろう。もしかしたら、このタンポポも咲くのかもしれない。

 時間は流れ、天気も季節も移り、人の思いも変わるのだろう。私は未だ雨の降る灰色の空を見上げた後、窓辺を離れた。

 立ち上がる時に手にした携帯電話を開き、私は着信履歴を確認する。そこに表示されていた友人に私は電話を掛けた。

「もしもし」

 繋がる、声。不意に心が近付いた気がした。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?