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【短編小説】繋がる心
上【昔からの想い】
――誰かと繋がりたい。ただ、それだけ。
さびしさが足元から生えて来て私を動けなくしてしまう。そんな気がしていた。
誰でも良いわけではなかった。しかし、本当は誰でも良いのかもしれなかった。日常を共にする誰かがほしい。今日のご飯の話、明日の天気の話、他愛ない話。そういうものが気軽に出来る、誰か。誰か誰か誰か。
スマホに入っている通話アプリやSNSで、私は誰かを探していた。探し続けていた。それは足りない何かを補いたくて続けている、一人きりの旅のようでもあった。あるいは、ボトル・メッセージをネットの海に流し続ける行為だった。何の意味もないようにも思えたし、いつか実るような気もしていた。
いつか誰かが私のSOSに気付いてくれる。大変だったね、大丈夫? と。そんな風に声を掛けてくれる。私はそう、思っていた。
日常というものは穏やかに過ぎて行くけれど、退屈でもあった。学生という時間を抜け出した私は、職場と家の往復になっている日常時間に飽き飽きしていた。無意味に時間を過ごしている。そんな風に思っていた。
ある日、同窓会の開催を知らせるハガキが届いた。興味はあった。けれど、どうせ表面だけ取り繕って会話し、さしておいしくもない料理を食べるのだろうと思った。私は、ハガキを読んでそのまま丸めてゴミ箱へと捨てた。
その夜、高校の時の友人から久しぶりにメッセージが届いた。「同窓会、行く?」とだけ書かれたそれに「行かない」と私が返すと、電話が掛かって来た。
「もしもし」
「もしもし、優?」
「うん」
「同窓会、優なら行かないって言うと思ったんだよねー。それでね、一人ね、優の連絡先を知りたいって言ってる人がいるの。その人、優はたぶん同窓会に来ないだろうから会えないしって言っててね。ちょっと話したいんだって」
私は内心で首を傾げた。
「私の知ってる人?」
「たぶん? 高校で同じクラスだった、樫森怜君。覚えてる?」
「ああ、名前は覚えてるけど。あまり話した記憶はないな」
「私は結構、仲良かったんだ。今度の同窓会のことでこの間に話したんだけど、優が来るか気にしててね。たぶん来なさそうって答えたら、元気かどうか話したいんだよねって。了承貰えたら連絡先教えてって言われてるの。どうする?」
高校の時の記憶に濃く残っているわけではない樫森怜という人間に私は思いを馳せてみたが、やはりあまり思い出せなかった。それでも私が彼に自分の連絡先を教えて良いと答えたのは、単なる暇潰しに過ぎなかった。
「おっけー、じゃあ教えておくね。また会おうねー」
「うん、またね」
下【明日への想い】
――翌日、樫森怜君からスマホにメッセージが届いた。挨拶と、もし良かったら話したいということだった。私はそれに返事をした。その日の夜に樫森君と電話をすることになった。私が仕事を終えて帰宅すると、樫森君から連絡が入り、そのまま電話をすることにした。
「もしもし」
お決まりの言葉を私が言うと、相手も「もしもし」と返した。少し低めの声だった。元気かどうかを聞かれ、元気だよと私が返すと、そうか良かったと返された。
「私と樫森君って、高校の時にそんなに話したことなかったよね」
「そうだね」
「何で私と今になって話したいと思ったのかなーと思ってさ」
「ああ、簡単なことだよ。僕は品川優さんのことが好きだったんだ。同窓会に来るかなって思ったんだけど、来ないかもって聞いて。それでどうしても話したくて連絡先を聞いたんだ」
私の質問に樫森君はサラリとした調子で言った。そして、続けた。
「今でも、好きなんだ」と。
私が黙っていると、樫森君は言った。
「ごめん、急に。だけど社会人になってからでも品川さんのこと、忘れられなかったんだ。もし、迷惑じゃなかったら。僕と友達になってくれないかな」
「友達に?」
「うん。本当は、付き合ってほしいって言いたいけど。きっと無理だからさ。まずは友達からって。だめかな?」
「……だめじゃない、けど」
「けど?」
「ううん、何でも」
「ありがとう。まだ東京に住んでる?」
「うん」
「僕も東京なんだ。良かったら次の日曜日、お茶でもしない?」
「うん、いいよ」
私達は次の日曜日に会う約束をし、またねと言って電話を切った。
私はソファに座りながら天井を見た。こんなにあっさりと会う約束をしたのには理由があった。一つは、単純な興味。もう一つは、ただ誰かに会いたかったから。ただ、それだけ。
私は身を起こし、何となくスマホを見つめた。樫森怜という連絡先を見て、何となく嬉しくなっている自分がいた。それは彼の声や話し方が好きだなと思ったせいかもしれないし、単に連絡先が増えたからかもしれなかった。
――五日後。約束の日曜日を迎えた。私は少し早めに待ち合わせ場所の駅前に来ていた。樫森君にメッセージを送ると、彼ももう来ているとのことだった。駅の近くのコンビニ前にいるよとのことで、そちらに行くと一人の男性がスマホ片手に立っていた。
「品川さん?」
私は声を掛けられて頷いた。
「久しぶり」
そう言って笑った彼は、とても優しそうだった。
私達は近くの喫茶店に入り、どちらからともなく会話をした。高校の頃の話をしたけれど、正直、私は樫森君のことをそんなには覚えていなかった。それでも彼は怒ったりもせず、ただ自分の話をし、私の話を聞いてくれた。
「品川さんって、好きな人いるの?」
アイスコーヒーを飲みながら、まるで明日の天気でも聞くかのような調子で樫森君は私に尋ねた。
「いないよ」
「そっか。いや、友達になってほしいなんて言ったけどさ。それは、本当なんだけど。いつか品川さんが誰かと付き合って、その人のものになってしまうなんて耐えられないなーなんて思ってさ」
私がアイスティーを飲むと、高校の時から紅茶好きだったもんね、と彼は言った。
「品川さんが僕のことをあまり覚えていなくてもいいんだ。僕は高校の時の品川さんのこと、覚えてるから。紅茶が好きで家で淹れた紅茶を持って来ていたこと、現代文が得意で満点を取っていたこと、明るくて友達がたくさんいたこと。そういうの、覚えてる」
樫森君はそこで言葉を切り、ストローでくるくるとアイスコーヒーを混ぜた。
「だけど、時々さ。学校を休むことあったよね。休んだ翌日、品川さんはいつもみたいに笑ってたけど。単に体調が良くなくて休んだのかなって思ってたけど。もしかして違うのかなって思った。あまりにも休む回数が多いから」
「良く覚えてるね」
「まあね。僕が品川さんを気にしていたから、休むのも気になったのかもしれないけど。品川さんが学校にいない日、僕はつまんなかったんだ。その時、僕は品川さんが好きなんだって気が付いた」
「卒業式の日までに思いを言おうとも思った。でも、言えなかった」
「……何で?」
「自分に自信がなかったんだよね。だから言えなかった。今だって自信なんかない。だけど高校の時からこんなに時間が経ったのに、品川さんを僕は忘れられなかった。忘れたくなかった。いつか、会いたかった」
喫茶店の中を聴いたことのあるクラシックが緩やかに廻っていた。そのメロディーに私は心を導かれるようにして、彼に言った。
「私、そんな良い人間じゃないよ」と。
「良い人間?」
「そう。私、ただのさびしがりなの。今日、樫森君に会うことにしたのだって、たださびしかったから。高校の時の友達なんて、今じゃ一人二人しか連絡取ってない。あの頃も私は今と同じさびしがりで、誰かと一緒にいたかっただけ」
私は少し息を吸って言った。
「誰でも良かったの」
思い切って言った私の言葉に、彼は少しも動揺した様子なく言った。
「うん、別に僕に会ってくれる理由なんて何でも良いんだ。それこそ誰でも良いっていうことでも良い。人間関係なんて案外、そんなものだよ。そこから、かけがえのないものに変わって行くんじゃないかな」
彼は言い、にこりと笑ってコーヒーを飲んだ。
「誰でも良いっていう私のこと、おかしいって思わないの。いやじゃないの」
「おかしくないし、いやでもないよ。人間はみんなさびしいんじゃないかな」
「そう、かな」
「うん、多分ね」
私がアイスティーを飲むと、おいしい? と彼が聞いた。私が、うんと言うと彼は良かったねと笑った。それが、とても嬉しかった。
――喫茶店を出て、別れ際に樫森君が言った。
「また、連絡しても良い?」と。それに「うん」と私が言うと、「良かった」と彼は笑った。
「じゃあ」
「またね」
駅前で私達は軽く手を振った。
私は一人ぼっちの帰り道がいつもいつも嫌だった。誰でも良いから、誰か一緒にいてと思っていた。けれど今、こうして一人で家路を辿っているのに不思議と私はさびしくなかった。
家に帰ると、樫森君からメッセージが来ていた。
“今日はありがとう。嬉しかったよ。またね”
私はそれに返信をし、ソファに座った。
心の中があたたかくなった気がした。気のせいではないのかもしれない。
――誰かって、ずっと思っていた。ただ、さびしかった。誰か誰か誰か。そうやって日常を過ごしていた。これからの私は少し変われるのかもしれない。根本的に、すぐには変われなくても。それでも。
明日の天気予報は晴れだった。私は明日を思い、眠りに就いた。
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