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絶対に叶わない片思い…LGBTの初恋

中学生のころ、私は吹奏楽部でパーカッション(打楽器)をやっていた。
これは、どこにでもいる中学一年生の、淡い、恋心の話。

吹奏楽部に入ったのは何となくだった。
運動は苦手なので文化部に入ろうと決めていて、今なら演劇部に入ると思うけれど、まだまだ引っ込み事案だった私にとって、舞台上で一人でセリフを言い、演技をする…それはなかなか難しいと思った。
あと検討したのは美術部だけれど、私は絵が下手だし、何か違うかな、と思ってやめた。
半ば消去法のような形で、私は吹奏楽部に入部した。

事前にやりたい楽器を希望するのだけれども、私がやりたかったのはクラリネット。第二希望はトランペット。第三希望はトロンボーン。
そして私がなったのは、

冒頭に書いた、パーカッションだった。

そんなの希望していないし、もやもやとした気持ちで先生に理由を聞くと、
「海乃は肺活量がないから、楽器を吹くことはできない。」
そう言われた。ぐうの音も出なかった。小児喘息だったし、すぐ息が切れてしまうのは自分が一番わかっていた。いったいこれから、希望していない楽器に振り当てられて、どうなってしまうのだろう…。暗澹たる気持ちで音楽室へと向かった。


「かわいい子が入ってきてうれしい!これからよろしくね!」

眩い笑顔とはこういうことを言うのだろう。

一目ぼれに近かった。

A先輩はドラムセットの前で、私をハグして、心底嬉しそうに、どんな子が入ってくるか心配だったんだよー、と言っていた。私は先輩の髪からする、嗅いだことのない甘くて優しい匂いに酔っていた。私はこれから毎日放課後この人と過ごすのだ…そう思うと、不安が、一気に安心に変わった。
パーカッションはいくつもの打楽器を使わなくてはならない。
まずは、たくさんある楽器の名前と使い方を覚えることから始まった。私のぎこちない動きとは違って、A先輩の手に触れて音を出すそれぞれの楽器は、演奏されることを喜んでいるかのようだった。
ーーこんな人になりたい。
初めは、憧れだった。大きな大きな、憧れを抱いた。

憧れが形を変えたのはいつからだろう。
先輩の姿を目で追い、話すと緊張して、いつも先輩からする甘くて優しい匂いにドキドキするようになった。
極めつけは、スカートから伸びる綺麗な足や、シャツから透けているブラジャーをついつい見てしまう、ということだった。
小学生が抱くような「好き!」という感情ではなく。
これは、確実に性欲を伴った好意だった。

私はレズビアンなのかーー
インターネットで調べると、思春期には同性に好意を抱いたり、また、憧れを恋愛感情だと勘違いするケースがあると書かれていて、それに酷く安心した。私はレズじゃない、思春期の気の迷いだと。
そして、A先輩への感情は膨らむばかりだった。
先輩の笑顔、真剣な顔、失敗したときのはにかんだ顔。私が失敗したときに勇気づけてくれる柔らかい手。幸せな時が続いた。
私は不器用だから、先生に怒られてばかりだったのだけれど、A先輩はあたしも前はできなかったよー、と笑って、丁寧にやり方を教えてくれた。
先輩がいなかったら、くじけてしまっていたと思う。

先輩に彼氏ができた。
当たり前だと思った。こんな素敵な人を放っておく筈がない。
嫉妬はしなかった。私がA先輩をどうにかする、なんてことはありえないことだし、これは只の私の恋愛感情とはき違えた憧れなのだから。そこに先輩を巻き込んで、迷惑をかけるなんて、絶対にしてはいけないんだ。
それでも、先輩の彼氏と廊下ですれ違う時には胸が苦しくなって、つまづいて転んじゃえ、みたいな小さな呪いをかけた。
我ながらみみっちいことをしていたもんだと思う。

そのころには、私はA先輩のことで頭がいっぱいだった。
私はよこしまな気持ちを持っているのに、先輩は屈託なく私をハグして、頭を撫でで、手を握ってくれる。
罪悪感と、幸福が混じり合って、とにかく私にできることは想いを秘めていることだった。
同級生の間でどの先輩が好きか、なんて話しているときに、A先輩が大好きだと言って、ちょっとだけ発散していた。みんなの言う「好き」とは意味合いが違うのだけれども…。


来ないでほしいといくら願っても、その日は残酷に訪れた。

卒業式だ。


卒業証書を貰うA先輩を見送って、式が終わったあと、校庭では色んな子がいろんな先輩からボタンを貰おうと必死だった。当然、人気のあるA先輩のボタンは次々とブレザーから消えていった。そして、私がもらう前に、ブレザーから先輩のボタンは消えた。

先輩のいた証がなくなってしまうーー

殆ど頭が真っ白になった私は木偶のように突っ立って、先輩を見ていた。

先輩が私の方に来た。そして、私は、涙声で、先輩に言った。


「私も、欲しいです。ください。欲しいです。」

先輩は、もうブレザーからなくなったボタンではなく、カフスをちぎって、私に渡した。たくさんの楽器を奏でた手についていたカフス。私の頭を撫でてくれた手についていたカフス。私がありがとうございます、と繰り返していると、これだけなわけないでしょ、と、A先輩は自分の制服のリボンを外した。そして、私のものと交換した。
ああ、先輩の甘くて優しい匂いがする。
そして、そのタイのゴムの部分には、私へのメッセージがびっしりと書いてあった。いつでも笑顔で頑張ってねーー

「A先輩、大好きです、大好きです。」

「私もだーいすきだよ!」

ちがう、ちがうんだ。私は、あなたのことが、恋愛対象として好きなんだ。
でも絶対に、そんなことは言ってはいけない。

最後に泣きじゃくっている私に先輩がハグしてくれた時、私は認めざるを得なかった。これは、思春期の気の迷いなんかじゃ、絶対、ないと。私は本気で同性である先輩のことが好きなんだと。

そこから2年間、私は先輩のくれたリボンをつけて登校し、卒業した。


10年が経過した今、私のセクシュアリティはバイセクシュアルだと断言できる。今付き合っているのは男性だが、女性と関係を持ったこともある。

LGBTの割合は、10人に1人と言われたり、20人に1人と言われたりしている。この数字は、いかかだろう。すごく多いのではないか。

マイノリティが差別されたり、偏見を持たれたりする世界であっては絶対にならない。
古代ギリシアでは男性が美少年を愛するのが当然だった。
今この時代、この風習だからこそマイノリティなだけであって、
「おかしい」ことではまったくない。

私の初恋の話とともに、それを、伝えたかった。








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