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鏡よ 鏡、 わたしが問いたいのは

「鏡よ 鏡、この世で1番美しいのは だあれ?」

朝の支度を終えると 鏡の前で つぶやく。
鏡の中には きちんとメイクをして装った わたしが
真面目な顔をして こちらを見ている。

「よし。」

気合いを入れて
ちょっと口角をあげて
笑顔らしきものを作ってから
わたしは 仕事へと出掛ける。

✴︎

あるとき 王子様は
素敵な鏡を プレゼントしてくれました。

「鏡よ 鏡、この世で1番美しいのは だあれ?」
そう問いかけるたびに
一緒に鏡の中にいる王子様は
「それは  あなたです。」と答えてくれました。

もう 答えてくれる王子様はいないのに。
わたしは 鏡に向かうたびに 問いかけてしまいます。

「鏡よ 鏡、この世で1番美しいのは だあれ?」

✴︎

物語調にしてみたところで
ちっとも おもしろくなんてない。
やっぱり わたしは
主人公にはなれないんだろうと思う。

一時期 夢を見ていただけなのだ。

子どもたちに
白雪姫の絵本を読み聞かせているうちに
また 彼のことを思い出してしまっていた。

「ねぇねぇ、こっちも読んで!」
紗南ちゃんの声で 我に帰る。
目の前に シンデレラの絵本が差し出された。
「紗南ちゃんは お姫様の話が好きね。」
「うん。好き。」
紗南ちゃんは素直に頷く。
「可愛いんだもん。」

母親の手作りだという
ふわふわとした 可愛らしいスカート。
ズボンなんて 絶対に履きたくない!と
泣いて主張してきかないので
彼女は どんなときでも
運動会でさえも スカートだった。
土埃を巻き上げ
スカートを翻して走る 紗南ちゃんは
とても かっこよかった。


✴︎

子どもの頃は わたしも お姫様に憧れた。
あんな素敵なドレスを着られたならば
きっと わたしも お姫様になれる。
憧れのピンク色で ふわふわのドレスは
ピアノの発表会のために 初めて買ってもらえた。
華麗に演奏する お姫様になる!
練習も 必死で がんばった。

発表会の当日。
ドレスの裾をフワフワ翻しながら
意気揚々と舞台へ向かおうとしたとき
演奏を終えて戻ってきた同級生が すれ違いざまに
「似合わなーい」とクスクスと笑ったのだ。
慌てて 控室に駆け込み
鏡に映る自分を 改めて見る。
黒髪のおかっぱにリボンの髪飾りをつけたものの
日本のこけしが
フランス人形のドレスを着ているようだった。
演奏前に 魔法は解けてしまった。
ショックを受けた わたしは 演奏も間違えまくり
散々だった。

立ち直った翌々年の発表会は 
シックなグレーのスカートにブラウス。
落ち着いて臨んだ演奏は とてもうまくできた。

でも これじゃあ 召使いみたい。

わたしは お姫様にはなれないんだと悟ったのだった。

✴︎

それからは 自分をわきまえて
地味なファッションばかりを選んできた。
決して笑われないように。
話題にもならないように 目立たないものを。
自称 召使いファッション。
華やかな友達と並ぶと 付き人のよう。

そんなわたしを
魔法のように 変えてくれたのが 彼だった。

東京で生まれ育ち
センスが良くて お洒落な歳上の彼は
男女問わずにモテた。
彼の周りにいる友達たちも
みんな 垢抜けていて
わたしには 眩しいばかりだった。

彼は 洋服を選んでくれたり
髪型をアドバイスしてくれたり
わたしがメイクをがんばると
必ず気づいて 褒めてくれた。

彼と一緒にいて
自分が変わってゆくのが
楽しくて仕方がなかった。

彼の選んでくれるファッションは
大人っぽく シックで
かつ さりげなくセクシーだった。
最初は 似合っているのか不安に思ったけれど
他の男性から声をかけられることも多くなり
こんなに扱われ方が違うのだと 驚いた。

でも
彼以外に褒められても どうしたらいいのかわからず
それが余計にクールだと言われてしまったりもした。

自分とは思えないような自分が
どんどんと ひとり歩きしていく。

お洒落な仲間と彼に囲まれて
日々は 夢のように過ぎてゆく。

✴︎

魔法は いつ 解けてしまったのだろう。

「らしくないですね。」
いつもの仲間と お茶をしていたときに
ふと取り出した タオルハンカチは
可愛い!と一目惚れした お気に入りだった。
「ほんとだ。かわいーい。」
何人かが 反応する。
「そうだね。職場の人にもらったの?」
彼にも聞かれ なぜか慌てた わたしは
「そう。保育園だからさ。
ちょっと子どもっぽいよね。」
ヘラヘラ笑って ごまかしてしまった。

わたしらしい   ってなんだろう?

元々わたしには センスがない。
自分で選んだものには 自信がなかった。
彼が褒めてくれて はじめて安心できた。

彼に がっかりされたくなかった。

これは わたしらしい かな?
これは 彼に褒めてもらえるかな?

でも わからなくて
どんどん息苦しくなって
ぎこちなくなった私たちは
3ヶ月前に 別れた。


彼と別れて
何が  わたしらしい のか
判断してくれる人がいなくなって
わたしは まだ わからないままだ。

✴︎

はじめての駅に降りたった。

もう そろそろ
すっきり気分を切り替えたいと
はじめての美容院に 予約を入れたのだ。

予約までは まだ時間がある。
ふらりふらりと歩いていると
大きなアンティークの姿見のある鏡屋さんがある。
吸い込まれるように扉に手をかけた。

コロンコロンとベルがなり
奥の一角に座っていた女性が
「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれる。
「ごゆっくりごらんくださいね。」
それだけ言って 微笑むと
彼女は 手元の本に 視線を移した。
気が楽になって 店内をゆっくりと見まわす。

ひとつとして 同じデザインの鏡はなく
美術館に来ているかのような気分で
わたしは ひとつひとつ 鏡を覗いて歩いた。
映るのは 自分の顔なのだけど
鏡が変われば 顔も変わって見えるようだ。

ひとつの鏡の前で わたしは 引き込まれた。
楕円形のフレームには 草花や小鳥が彫刻されている。
燻んだパステルカラーは決して子どもっぽくはなく
柔らかな雰囲気で 鏡を柔らかく引き立てている。
「かわいい。」思わずつぶやく。
鏡の中にいる 自分の顔にハッとした。
とても 嬉しそうな笑顔だった。

「お気に召したものは ありましたか?」
女性が 静かに立ち上がって近づいてくる。
「あ、はい。これ とっても素敵ですね。
でも、うちにも鏡があって。…どうしよう。」
ちらりと見えた値段は 決して安くはなく
モゾモゾと そう答える。
「お引き取りも致しますょ。」

彼のプレゼントしてくれた鏡。
まだ 未練があるのだろうか。

美容院の予約の時間が迫ってきたので
ショップカードを受け取り 一旦店を後にした。
月末までの限定の店のようだった。

✴︎

セミロングでパーマをかけていた髪を
美容師さんの提案を聞いて
思い切って ショートボブにカットした。

急に 幼くなったような自分が
心細そうに こちらを見ている。

「鏡よ 鏡、この世で1番美しいのは だあれ?」

鏡の中に 彼が 見えた気がした。

らしくないよ。

わたしらしいって なに?

この世で1番 なんて大それたこと
もともと 望んでなんかいない。
わたしは
彼の好きなわたしに なりたかったんだ。

彼に いつも問いかけていた。

あなたの好きな女性は どんな女性?

それは あなたです。

どんな わたし?
わたしらしいって なに?

答えてくれる彼は もう いない。

✴︎

一目惚れの 新しい鏡の中に
短い髪で すっぴんの わたしがいる。

「鏡よ 鏡、わたしの好きなわたしは どんなわたし?」

鏡の中には わたししか いない。
答えるのは わたし自身だ。

紗南ちゃんみたいな ふわふわのスカート。
もう一回 挑戦してみようかな。

そう考えて 自然と綻んだ顔は 悪くなかった。



サポートしていただけたら とっても とっても 嬉しいです。 まだ 初めたばかりですが いろいろな可能性に挑戦してゆきたいです。