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ほころび


背を向けて寝ている彼の背中に
ぺらと かすかな綻びを見つけた。

ゾクゾクと湧き上がる欲望。
だけど。
はやる気もちを抑えて、そっとシーツを被せる。

まだ早い。
あと少し 待ったほうがいいだろう。



少しだけ 微睡んだだろうか。
枕元の携帯電話に手を伸ばし時間を確認する。
目覚ましが鳴るまで あと30分。
カーテンの隙間から朝日が入り込んでいる。

昨夜みつけた綻びは
いいかんじに ぺらりとなっていて
わたしを執拗に誘う。

我慢できずに手を伸ばす。
慎重に綻びの先を爪で摘み力を加える。

ぺりぺりぺり   ぺろり。

微弱な電流が静かに全身を駆け巡る。
ああ。堪らない。


小さな小さな 生まれたばかりの
まだ わたししか 見ていない触れていない肌。
なんて愛しいんだろう。
ぺろりと舐める。

彼は 寝ぼけながら 寝返りをうった。


✴︎

皮を剥がすのが好きだ。

あの薄い薄い透き通るような皮が
綺麗にぺろーりと剥けたときの快感。
下から覗く新しい皮膚の美しさ。

残念なことに
自分は日に焼けても皮が剥けない体質で
自分の身体で それをすることができない。

彼は それを思う存分させてくれる。

こっそり皮を剥いだ あの日。
目を覚ました彼に 剥いだ皮を見せたら
 いくらでもどうぞ。
 また剥けそうになったら来るょ。
と笑顔で約束してくれた。


頻繁に会うことはできないけれど
彼は日に焼けた肌を携えてやってくる。
彼の笑顔を見たとたんにゾクゾクする。
外で食事をしていても
彼の背中の綻び具合が気になって仕方がない。
その じれったさも 捨てがたいので
必ず ゆっくりとお酒を飲みながら食事をするのだ。
彼の体温が上がってゆく。

部屋に入ると
わたしは すぐさま彼のシャツを剥ぎ取る。
背中の綻びが あちらこちらにあるのを確認して
わたしは ため息をつく。

 あんまり擦らないように気をつけたんだから。
と彼は言う。

端から ひとつひとつ 皮を剥いでゆく。

ぺり ぺりぺりぺりぺり   ぺろり。

一度に広範囲に剥けたときは
得意げに見せたりもするけれど
あとは ひたすらに皮を剥くことに集中する。
背中から 彼の匂いが立ち昇る。

ひとしきり剥いて綺麗になった背中に頬擦りをして
ぺろりと舐める。

それを合図に彼は振り返り
わたしの服を剥いでゆく。


✴︎

さっきまで彼の背中で生きていた皮。
剥かれて 水分を失ってパラパラになったものを
指先で もて遊びながら ごろごろとしている。

剥きたての肌も 
もう世界と馴染んでしまい
すぐに彼の内側を守るべく
鎧のようになるのだろう。

ああ。つまらない。つまらない。


✴︎

わたしの全身の皮が
ぺらりぺらりと剥け始めた。
わたしは嬉々として剥いている。

ところが
剥いても剥いても
皮はぺらぺら綻んでゆき
つるりとした肌は生まれてこない。

だから どんどんどんどん 剥いてゆく。

ぺりぺりぺりぺり  べらりべり

どんどんどんどん 剥いて剥いて剥いて
わたしは必死になった。

このままじゃ
こんな べらべらした肌じゃ やめられない。



剥いて剥いて剥いて剥いて

剥いで剥いで剥いで剥いで



乱暴に剥いだ あちらこちらから血が滲み始めた。
なんて醜いんだ。



わたしは脱皮できない。
生まれ変われない。




✴︎

うなされていたらしく
揺り起こされる。


カーテンからは朝日が入り込んでいる。

変わらない わたしのからだ。
昨日のままの脱皮していない わたし。

裸のまま起き上がって
カーテンを開ける。
全身で朝日を浴びる。

朝だ。

彼が眩しそうに こちらを見る。



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