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親友の旦那に「うちの妻がいつもお世話になっています」と言われて感じる、そこはかとない寂しさの正体
10年来の親友A美が結婚した。彼女の歴代の元カレも知っているし、海外生活で苦労するときも、仕事に悩む時も相談し合い、支え合ってきた。元カレは彼女を傷つけるようなことをたくさんしてきたクソ野郎と言いたくなるような奴だったので、真面目そうな人と結婚して本当によかったし、幸せになってほしい。
遡ること数年前、A美とその夫(太郎としよう)がまだ付き合って半年と経たぬ頃、太郎が長期でフランスを離れなければいけないことがあった。太郎は私に言った。「あいつのこと、頼んだぜ」と。
「、、、ん?」 と思ったのは私だけではないと思いたい。
付き合って半年そこらのお前よりよっぽど彼女のこと知ってるし。え?何年私が彼女と一緒にいると思ってんの??お前に頼まれなくても彼女が困ってたら飛んでいくし。心の中で苛立った。でも何も言えなかった。
別の親友・B子の夫は、結婚してまだ数年と、私よりも彼女と知り合って短いが、とにかくB子にメロメロで、B子をまるで宝物のように大切にしているのが傍目にもわかる。ある時、B子夫が仕事でそばにいられない状況で、B子の病院への付き添いが必要なことがあった。B子の夫に頼まれずとも、もちろん付き添うのだが、わざわざ電話で「本当なら僕が彼女のこと助けないといけないのに、いつもうちのB子のことを助けてくれて本当にありがとう。」と言われ、こんなに大切に思ってくれる人と一緒になれてB子よかったなぁとしみじみ思った。
親友・Cちゃんは、出会った時すでに結婚していた。でも、お互いフリーランスということもあり、時間に融通が利くのでまるで独身同士のような気分で暇さえあれば会って、いつもくだらない話で盛り上がっていた。
ある日、彼女の家の近くで解散になった時、仕事終わりの彼女の夫が迎えにきた。
「いつもCちゃんがお世話になってます。」
挨拶をして二人と別れ、一人になった帰り道、途方もない孤独感が襲ってきた。
この感情はなんだ。
いままで誰よりもよく知っているつもりの親友たちに夫となる人が現れて、突然「いつもうちの妻がお世話になっています」と言われる。
「うちの妻がお世話になってます」の波状攻撃に私は参ってしまった。
多分さみしいのだろう。線を引かれたような気がして。私の輪の内側にいるつもりだった人たちが、本当は別のだれかと別の輪を描いて、あなたはその外側だからと当たり前のことをはっきりと区別される言葉に感じるのかもしれない。
すごく近い距離にいるつもりのA美の夫になるであろう人に先回りしてそこをはっきりされたのが寂しかったのかもしれない。あなたの親友である前に私の妻になる人ですよ。私たち家族になるんです。と。
みんな、独身時代みたいにどんなに一緒に楽しく遊んでも、家に帰れば待ってる人がいる。そしてその人は彼女たちに何かあれば真っ先に対処しようとしてくれるだろう。自分の家族が誰かにお世話になれば言うだろう、「うちの妻がいつもお世話になっています」と。でもそんな人は私にはいない。私の親友たちに「海苔子がお世話になっています。」と言って一緒に家に帰ってくれる人はいないのだ。羨ましい。
一人で帰り道を歩く。
別に死ぬほど結婚したいと思っている訳でもないはずだ。結婚生活だっていいことだけじゃなく大変なこともたくさんあるであろうこともわかっているはずだ。なのになぜか、底知れぬ寂しさが時々、予期せぬ形で襲ってくる。そして私は丁寧に、毎回狼狽してしまう。
アラサーになって、次々周りが結婚し子供を産み育てていく。
今までは生活リズムも同じだった友人も、子供の寝かしつけで遅くまでは出かけられないし、今までのようには気軽に会える機会も減った。当然だ。仕方ない。
困った時に一番に電話し合う間柄だったA美も、これからは家族である彼から夫になった人を真っ先に頼るだろう。
「A美がいつもお世話になってます」
こう言われても、これからは違和感を感じることもなくなっていくだろう。
当たり前のことなのに消化しきれない感情のかたまりを理解して心の棚に収めるのは時間がかかる。
その整頓が上手くなった時、生きるのがもっと楽になるのかもしれない。
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