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ルンナは夜明けまでに

 ルンナは、昨夜トイレに入って内側の鍵を下ろした。

 手探りで下腹部に起きた変化を確かめる。両脚の間に突如出現したドームのようなものが、圧力の高まりによって、徐々に大きくなる。押し出されるようにして飛び出したそのドームのようなものを、自らつかんで引きずり出す。ずるずると抜けたとき、手の力も抜ける。

 水洗トイレのわずかな水溜まりから、今取り落としたものを慌てて拾い上げる。手のひらで丁寧に拭きながら、へその緒の下を覗く。男の子。ルンナは長い息を吐いた。吐いた息の最後の方は、高くてか細い声になった。

 コートを着て、バスタオルにくるんだ赤ん坊を胸に抱える。親が寝ているのを耳で確かめ、静かに玄関のドアを閉める。覚束ない足で団地の階段を下りる。踊り場の切れかかった蛍光灯が、せわしなく点滅している。

 外は月夜だった。

 赤ん坊を抱えて、ルンナは歩いた。あてなく歩いた。地面は平坦なのに、平均台の上を歩いているようだった。ふらつくたびに月を見上げる。下着は湿り始めてきている。

 ほうぼう歩いているうちに、東の空が白んできた。ルンナは町を見渡せる坂道を上っていたが、がらんとしたバス停の前に来たところで力尽きた。穿いていたスウェットは、もうだいぶ前からぐしょぐしょに濡れて重くなっていた。

 バス停の中は埃の匂いがした。ベンチに座ったルンナは、小さな声で明るく歌いながら、コートのボタンを全部外した。下に着ていたスウェットの上着をたくし上げる。固く張り詰めた真っ白な乳房が現れた。赤ん坊をくるんでいたバスタオルを剥ぎ取る。嗚咽で歌えなくなる。産声を上げない赤ん坊を抱き寄せ、その小さな顔をそっと乳房に近付けた。乳首に触れた赤ん坊の唇は、ナイフのように冷たかった。

(了)


四百字詰原稿用紙二枚(716字)


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