情欲
借りていた本を返したい
そんな連絡が君から入っていた
そしてぼくは会いに行った
人目を忍ぶような場所を指定して
別れる前にぼくが貸した恋愛小説は
過去の切ない恋愛を二人が乗り越える話だった
悔しさに涙を流す中盤
喜びの涙に変わる終盤
私たちと真逆だったねという君の言葉を
このときは軽く受け流したけど
ぼくたちは付き合っていた頃のように
本の感想を披露し合った
テーブルの上にある弱々しいランプの明かりを挟んで見つめ合った
お互いのSNSを見せ合って
それぞれ新しい彼氏彼女とうまくいってることを冷やかし合った
辺鄙な場所にある山小屋のような喫茶店で顔を寄せ合って
お互い本当の気持ちを隠し合った
別れる前にぼくが貸した恋愛小説は
最後まで相手を信じて疑わない話だった
本を返すことを理由に
わざわざ会いたいと連絡してきた君の真意をぼくは測りかねていた
けれども薔薇のように染まる頬と濡れたように輝く瞳が
君のあのときのサインであることをぼくは知っていた
絶対にうまくいかない二人だってわかっているはずなのに
手酷いエンディングを迎えるってわかっているはずなのに
このあと君を抱くことしか考えられなくなっているぼくは
このあとぼくに抱かれることしか考えられなくなっている君を前に
どうやってこの席から立ち去ればいいかわからないまま
情欲に負けていく
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