「楽しい予定をいっぱい入れるの、涙はお預け」

宇多田ヒカルの新曲「Gold ~また逢う日まで~」がリリース。
最初はゆったりとした曲調で、ピアノの音色が心地よく、でもどこか寂しく心に染みるものがあった。
だが、後半になるにつれて徐々にアップテンポというか、popな感じになっていき、初めて聞いた時は「鳥肌立つわ、、、」って心の中で思った。

宇多田ヒカルの曲は、こんな自分にも勇気をくれたり、寄り添ってくれたり、ああ、こんな自分でもいいんだなって思わせてくれるものがある。

「いつか起こるかもしれない悲劇を 捕まえていう
『おととい来やがれ』
楽しい予定をいっぱい入れるの
涙はお預け また逢う日まで」

曲中で一番好きな歌詞。締めもこのセリフで終わっている。
なんでかっけえんだろうと思った。

生きていくと、楽しいことや嬉しいことばかりでなく
嫌なことや辛いこと、悲しいことにぶち当たることなんてたくさんある、と25年を生きてきて思うことが増えた。

この歌はそんな悲しみや辛さに対して、真っ向に「おととい来やがれ」と、まさかのヤンキーみたいなことを言う。アゲすぎる。
またさらに、「楽しい予定をいっぱい入れるの 涙はお預け」と悲劇があることを受け入れた上で、それでも楽しいことをしていく、そういう意思を持つということが一言で「強い」なと感じた。

「しんどいことがあったら楽しいことして気分を変えよう」なんて思うけど、実際にのそのタイミングになった時にはそんなこと言ってられられないのが人間である。

でもこの歌詞はどこか「悲しいことなんて受け入れて、それでも私は強く生きていってやる」だという気概をひとり感じていた。

ここからは僕の気持ちを整理するための文章になる。

僕はこの夏26歳になる。
そして、今年で仕事を辞めようと考えている。

インターンから入社し、そのまま正社員になり4年以上働いてきた今の会社。会社としてもきっと凄まじいスピードで成長し、メンバーもめっきりと増え、事業も拡大し新しいチャレンジをしている。

そんな中、どうして仕事を辞めようと思ったのか?

僕は今年の6月に適応障害の疑いで2週間ほどお休みをいただいた。
そのタイミングで、マネージャーという役割を外れ、戻ってきた時にはプレイヤーとして再開した。

その2週間は、気ままに出かけたいところに行き、海を眺めながらパンとコーヒーを口にし、夕陽の暖かさを肌で感じながら自分の休息の時間を取っていた。

2週間もやることがないと、人は色んなことを考える。
自分のキャリアや人生はこれからどうしていこう、自分ってどうやって生きていきたいんだっけ?何がしたいんだっけ?

結論今もその答えは完全には見つかっていない。

でも、そこで思ってしまったのである。
「人生の休息時間を取ろう」と。

ぶっちゃけ、世間から見たらポジティブなものではないかもしれないが、そんなことどうだっていい。だってこれは僕の人生なんだから。

と思いながらも、仕事を辞めることの不安や、今後のことに対する不安は残っている。

でも、僕この休息期間でやりたいことがある。
それは、「自分の知らない世界を知ること」

最近になって、自分が自然に触れ合うことが好きなことに気づいた。
自然の中にいると、自分が生きているという感じを実感できる。

そこで、僕は今後自分が何がしたいのかを探すために、オーストラリアにワーホリにいこうと考えている。

もともと、付き合っていたパートナーが留学に行っていたこともあり、オーストラリアという自然の雄大さに興味があったし、異文化にも興味があった。また、調べてみてらオーストラリアは幸福度が世界でもトップに入るくらい高い国らしい。

自分は「幸せとは?」「生きる意味とは?」とかを夢想してしまうタイプであり、それによりメンタルがしんどくなったことも多かった。

でも、自分がこの世に生まれてきて、どうせいつかは死ぬのであれば、自分の気持ちに素直になって、自分を大事にしてあげたいと思うんだ。

自分を大事にできるのは自分しかいないから。

一般的な「良いとされるルート」とは違う道になるかもしれないけど、僕はそれでもいいと思う。自分の声に素直に耳を傾けて、「なんか色々大変だったけど、まあこれでよかったじゃん」って言える人生を送りたいんだ。

そんな時、宇多田ヒカルの歌は僕の背中を後押ししてくれる。
「自分を好きになるんだよ」って押してくれている気がする。

生きていると、不安なことや悲しいこととか沢山あるんだと思う。
だけど、そんな時に「楽しい予定をいっぱい入れるの 涙はお預け また逢う日まで」と、悲しみをとっておこう。そしていつかそんな悲しみが舞い降りてきた時に言ってやるんだ、「おとといきやがれ」と。

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